#343 『ヒトノケ』
友人達と一緒に、東北の某所へとスキーに出掛けた際の出来事。
総勢九人。車は計四台で向かった。泊まるペンションはもう既に何度も利用している所で、オーナーとも顔見知りとなっており、そこそこには仲が良かった。
到着するや否や、「お待ちしてました。計八名様ですね?」と言われ、そこで些細な一悶着があった。誰だ一人分頼み忘れたの。間違えて連絡した奴は晩飯抜きな。等と笑い合いながらも、なんとか九人全員分の確保はしてもらえた。
最初の事件はその日の夕食だった。全員で語らいつつ食事を終えたのだが、部屋へと帰ろうと言う段になって初めて、一人分の食事がまるまる残されていると言う事に気付いたのだ。
見れば確かに全く手を付けられていない料理がある。しかも食後の珈琲までもがそのままなのである。
誰だ、食わなかったの? 言い合いながら顔を見合わせるが、誰もが不思議そうな表情で友人達の顔を伺うばかり。思い返せばそんな不可解な行動を取っていた者など誰もいなかったのだ。
翌日のゲレンデ。全員でリフト乗り場まで来た筈なのだが、二人掛けのリフトに乗った所で気が付いた。九人ならば誰か一人が余る筈なのに、誰も半端な人員が見当たらない。だがリフトを降りればちゃんと九人いるのである。
売店で缶コーヒーを買えば一人分余るし、食事をすればまたしても一人分の料理が手付かず残る。
「なぁ、あれ……」と、友人のHがお茶を飲みながら僕に話し掛けて来る。
指を差されただけで理解した。皆で一緒に立て掛けているスキーの板が、八人分しか無いのだ。
だが辺りを見渡せば、誰もが旧知の仲である顔触ればかり。どうして一人分が浮くのかが理解出来ない。しかしその事に気付いたのは僕達だけでは無かった様子で、その日の夕食後に、「ここに来ていない“誰か”がいる」と言う話題となってしまった。
だが結局、どうしてもその“誰か”が分からない。全員で全員の手を握り、生身かどうかの確認まで行う間抜けた行動も取ったが、それでも犯人が特定出来ない。
「嫌だなぁ、地元に帰ったらこの中の一人が死んでいましたなんてオチ」とか言って笑いを誘う者もいたが、誰もが引き攣った笑い方しか出来なかった。
その翌日、朝食時にオーナーにその件を話した所、「あぁ、そりゃああれだ。“ヒトノケ”だ」と言われたのだ。
なんですかそれと聞き返したのだが、オーナーはすぐに厨房で何かを作って来て、「ちょっと辛いかもだけど、全員で一斉にこれ飲んで」と、白い粉を載せた小皿を渡された。
言われた通り、全員でそれを飲み込んだ。かなりしょっぱかった。どうやらそれは煎った塩だったらしい。気が付けばテーブルには八人しかいなかった。
だが今度は、一体誰がその浮いた存在だったのかが分からなくて困惑する。誰もが深い仲の友人だった筈なのに、浮いていた一人がどの友人だったのかが思い出せなくなっているのだ。
「いやそれ、最初からいなかったよ」と、オーナー。「単に昔から仲が良かったと思い込まされているだけ。困ったの連れて来ちゃったね」と笑う。つまりはそう言う存在らしい。
午後にペンションを後にした。四台の車の屋根には、八人分のスキー板。思えば一台につき二つしか板を取り付けられないのだから、最初から八人しかいなかったのである。
ヒトノケとはその地方に棲む妖怪の類いらしく、好奇心旺盛で人好きな存在だと聞く。
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