#340 『こけしのような』
出張で盛岡まで向かい、その帰りの事である。
盛岡駅で新幹線を待っていたのだが、滑り込んで来た列車の車内を見ればそこそこな混雑具合。せめて帰りぐらい静かにゆっくり寝られるといいのだがと不安に思っていると、何故か私の取った指定の車両は空席が目立った。
いや、むしろ車内にはまるで人がいなかった。どうしてここだけ――? 思いながら席を探すと、ふと向こうの方に見える“何か”が動いたような気配があった。
顔を見上げて、私は一歩後ずさりした。どうして今まで気付かなかったのだろう、向こう側の車両の出入り口付近の席に座る奇妙な物体がこちらを静観しているのが見えた。
巨大で丸い顔。線ほどの細い目に、赤く薄い唇。なで肩で驚く程に座高のたかい人物が、奥のシートで無表情にこちらを向いているのだ。
まるで“こけし”だと、私は思った。その男性か女性かも分からない人物には悪いのだが、少々“奇形”と言う範疇を超えている。どこか生理的に受け付けない嫌悪感があるのだ。
なるほど、この車両に人がいないのが良く分かる。そう思いながら席を探せば、その“こけし氏”を通り過ぎた一番端にそれはあった。
腰を下ろし、ふぅと息を吐いた所で、背後からまじまじとその人の容姿を伺う。そうして、「重そうな頭だ」と密かに笑い、私の興味はそこで無くなった。
東京駅まで到着は約三時間。私は目を瞑り、あっと言う間に眠りに落ちた。それからどれぐらい眠ったのか、気が付けば向こうのシートに“こけし氏”はいなかった。
どこで降りたんだろうと、そんな疑問も無かった。だが次の瞬間、ふと自分の真横のシートに“何か”の気配を感じた。――見なくても分かった。“こけし氏”だ。私が眠っている間に、いつの間にか真横まで移動して来ていたのだ。
一瞬で全身の毛穴が開いた感覚があった。そして少し間を置き、頭のてっぺんからこぼれ落ちて来る滝のような汗。恐怖が全身を貫く。見渡せば相変わらず車内に他の乗客の姿は無い。
“こけし氏”の方を向くのは、到底出来なかった。代わりに私は窓の方を向いた。列車はちょうどトンネルに差し掛かった辺りで、そちらを向けば窓に反射した車内の様子が見える筈だった。
私の顔が見えた。同時に同じ方向を向いている“こけし氏”と、窓越しに目が合った。
きっと私はその瞬間、失神したのだと思う。次に私の目が覚めた時は、終点の東京駅だった。見れば三々五々と、同じ車両の乗客達が下りて行く様子が見えた。
いつの間にこんなに人が乗り込んでいたのだろうと不思議に思いながら、私も降りた。
改札に向かう途中で知らない人に声を掛けられた。立ち止まって話を聞けば、私が盛岡駅で乗り込んで来た際、一つ前のシートに座っていた者だと名乗る。
いや、そこの席には誰もいなかった筈――とは言わずにいれば、「帰り途中で身体に塩を振ってから家に向かってください」と言うのだ。なんでもその男性が言うには、あのうなされようは少々おかしいのだと。
私は会社へと向かい、男性に言われた通りに給湯室で身体に食塩を振ってみた。
果たしてそれで効果があったのかは分からない。だがそれ以降、給湯室に“こけしのような人影が現れる”と噂されるようになった。
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