#339 『閉ざされた子供部屋』

 とあるバーで、面白い話を聞く事が出来た。

 語ってくれたのは、三十代ほどの女性の方である。

 ――私は、夫との離婚を機に、実家へと帰った。

 両親は既に他界しており、実家には私と同じく結婚に失敗した弟のタカシが一人いるだけ。「ここに住みたい」と申し出ると、タカシは迷う素振りも見せずに「いいよ」と私を迎え入れてくれた。

 そうして二年程が過ぎた頃だ。ある朝、「一週間……いや、十日ほど家を空ける」と言い残してタカシは出て行ってしまった。かなり切迫した様子だったので、特に引き留めるつもりも無かった。

 だが、弟が出て行ってから、家のどこかで奇妙な物音がするようになった。

 どすん――ずるずるずる――どすん――と、何か重い物が落ちたり、引き摺られたりするような音。しかもどうやらそれはタカシの寝ている部屋の方角から聞こえて来る様子。

 見に行けば音は止む。弟の部屋も特に変わった様子は無い。だがその物音はほぼ毎日聞こえるのである。

 ある日、かなり激しい物音で、私は「誰かいるの?」と叫びつつタカシの部屋へと向かった。だがいつも通りに誰もいない。しかし、ふと気が付く。壁に掛かった大きなタペストリーが微かに揺れ動いていた事を。

 私はそっとタペストリーをめくる。するとそこには壁に空いた大きな穴。その穴の先は方角的に両親が住んでいた頃の寝室である。

 穴の向こうは真っ暗だった。私は怖気を感じ、入るのは躊躇った。ならば寝室の部屋のドアを開けて入ろうと一旦廊下へと出るものの、部屋のドアは内側から板でも張られているかのように固く動かない。

 後日、私は会社の部下である若い男性を家に招き、「穴の中を見て来て欲しい」と頼んだ。すると男性はまるで臆する事も無く「いいですよ」と入って行ったのだが、出て来た頃には表情が変わっていた。「先輩、こりゃあ見ない方がいい」と。部屋の中は、産まれたての赤ちゃんを寝かしつける用の子供部屋だったと言う。そして男性は、「異常な数の玩具やぬいぐるみが置いてあった」と話してくれた。

 少しして弟が帰って来た。腕にはついさっき産まれたのかと思わせる新生児がいた。

「誰の子?」と聞けば、「俺の子だよ」と言う。別れた奥さんとの子かと聞けば「違う」と言う。弟は詳しい事を何も話さないまま、三日間だけ家にいて、その子を私に預けてまた出て行ってしまった。

 出て行く間際、「この子がいれば、もうこの家は安心だから」と言われたのだが、実際その子が来てからと言うもの、例の奇妙な物音はしなくなったのだ。

 ――なるほど、面白いお話しですね。それで結局その子はどうなったんです?

 聞けば女性は笑って答える。その子が、私ですと。

 現在女性は、その家で一人暮らしだそうである。

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