#337 『地下ロッカー』
地方の局で働いていた時の事だ。
当時の僕は、小道具班の新人で使いっ走りのような立場だった。
とある深夜の収録中、ディレクターに呼ばれ、急いで地下の道具室へと行ってマネキンを数体持って来るようにと言われた。
内心、嫌だなとは感じた。何しろ地下とは言え、地下の録音室を通り過ぎた更に階下にそれはあり、日中ですらひんやりと冷たく気味が悪い場所なのである。
嫌だとは言え、番組収録中なのだ。急いで見付けてスタジオまで戻らなくてはならない。僕は階段を駆け下り、部屋のドアを開け、ほの暗い照明を点け奥へと向かう。
正面に、観音開きのロッカーがある。マネキンはいつもそこにしまってある筈だった。
バクンと音をさせてドアが開けば、何故かそこには後ろ向きに立つ大勢の人々の姿。しかもそれはどの人もスーツやワイシャツと言う格好で、まるでオフィスの会議室さながらの雰囲気のまま、何事だと言わんばかりの迷惑そうな表情で振り返っては僕を睨んだ。
「えぇと……もう一杯なんだけど、入ります?」と、僕の目の前に立つ若い男性が、無理に間を詰めながら聞いて来た。
「い、いいえ、結構です」と僕が返せば、「そうですか」とまた、むこうを向いてしまった。
僕はそのままそっとドアを閉め、回れ右をして帰ろうとして、思い留まった。
もう一度そのドアを開ければ、そこには後ろ姿のままで立っているマネキンばかり。僕はとうとう我慢に耐えきれず悲鳴を上げて階段を駆け上り、スタジオへと帰る。するとその様子を見たディレクターは、怒るどころか「何か起こったか?」と申し訳なさそうな顔で聞いて来る。
僕は今しがたの事をありのままに話した。するとディレクターは頭を掻きながら、「今度は三人で行って来い」と、他のスタッフを呼んでくれた。
これは後で聞いた話なのだが、その道具部屋は頻繁に奇妙な怪異が起こるらしい事で有名なのだそうだ。
だがあの時遭遇した人々は幽霊などと言う類ではなく、現実にどこかに存在する普通の人々だったような気がしてならないのである。
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