#334 『焼べられている』
前回に引き続きキャンプにまつわる話。二つ目。
昔、とある山中で孤独に一夜を明かした際、やけに奇妙な出来事に遭遇した。
予定では、夕刻には山小屋へと到着している筈だった。だがどこで道を間違えたか、獣道のような山道を辿ったまま夜を迎えてしまった。
僕は少しだけルートを外れ、僅かながらの平地を見付けてそこにテントを張った。
周りに草木があるので火は使えず、僕は仕方なく冷えた缶詰を開けて夕食を取った。
背の高い木々が生い茂っているので星はさほども見えない。だがそれでも孤独なままで山の中にいると、妙に自然と一体化したような高揚が生まれて来るもので、それはそれでまんざらでもなかったのだ。
ウイスキーの小瓶を傾けつつ、薄くラジオを掛けながらランタンの明かりを見ている内に、ふと眠気が襲って来た。ちゃんと寝袋で寝なきゃと思いながらもやけにそのうたた寝が心地良く、僕は木の幹に背中を預けたまま目を瞑る。そうしてどれぐらい眠ってしまったのか、僕は周囲の異音に気が付き目を覚ます。
辺りがやけに明るい。どうした事だと思い見回すと、少し離れた辺りで焚き火の炎が上がっていたのだ。
炎自体はそれほど大きなものでは無かった。だが、パチパチと爆ぜる火の音はその静寂の中においてはかなりの音だったに違いない。要するに僕はその音で目が覚めたのだ。
だが、どこを見てもその焚き火を起こした人の姿が無い。僕が起こした火ではないなら、絶対に第三者がその近くにいる筈なのに、まるでその気配が無いのである。
「あの……誰かいますか?」と、比較的大きな声で呼び掛ける。だが僕自身が間抜けに思えるぐらいに、何の応えも無い。想像するに、僕が寝ている間に誰かがここに来て、焚き火を起こしてまたどこかへと消えたと言う事だろう。僕は内心、不謹慎だなぁと思いながらも、その安心出来る灯りを眺めてぼんやりとしていた。
やがて火は小さくなり、そろそろ消え掛かるだろうと言う頃、僕はテントの中へと戻り、合寝袋に潜り込んだ。そうしてどれぐらい眠ったのだろう、外の明るさと火の爆ぜる音でまたしても目が覚めた。
僕は自分の目を疑った。先程、消え掛かっていた炎はまたしても大きくなっており、誰がそうしたのか火の中には新しい薪が焼べられていたのだ。
僕は慌ててその火を消しに掛かる。薪を足で蹴り、土を掛け、ようやく炎は小さくなる。ただ、その火を起こしたであろう人が戻って来て文句を言われないよう、完全に鎮火させるまではせず、テントへと戻る。だがそうしてまた少し経つと、いつの間にか炎が復活しているのだ。
結局その晩は、ほとんど眠る事が出来ないままに朝を迎えた。朝日が昇る頃には完全に火は消えており、僕はようやく安堵してそこを離れた。
それから少しして、とあるキャンプ仲間と夜を過ごしている時、その晩に体験した話を皆に話して聞かせた。するとその中の一人が、どこの山なのかをズバリ言い当てたのだ。
「どうして分かった?」と聞けば、「それなりに有名だからな」と言う。
そいつが言うには、どうやら僕はその晩、“山の主”に守ってもらっていたらしい。もしも僕が水を焚き火にぶっ掛けて鎮火していたら、とんでもない怪異を体験した後、翌日の朝は迎えられなかったかも知れないと脅された。
夜の山中において、火は守り神のようなものらしい。
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