#333 『見られている』
キャンプにまつわる話を二つお送りする。今回はその一つ目。
――友人のKが野外用の調理器具を一新したと言うので、その週末、急遽二人でキャンプをする事となった。
Kの運転する四駆に乗り込み、遠出する事二時間半。野営地はかなりの山深くにある無料のキャンプ場である。
実際、無料と言うだけあって周囲には全く何も無い。かろうじて数台停められるだけの駐車スペースと、水道にトイレ。後はただ山を切り開いただけの平坦地があるだけだ。
到着してすぐにテントとタープを立てる事にした。他には利用者の姿はなく、どうせ貸し切りだろうと言う事で、僕らはその敷地のど真ん中にテントを張った。
陽はまだ高いが、すぐに酒盛りが始まった。Kの買った調理器具はかなり色々な事が出来るらしく、簡易なつまみが次々と出来上がった。そうして焼酎のボトルの半分ほどが無くなった辺りで夕闇が近付いて来た。
そこでふと気が付く。いつの間に来たのだろう、キャンプ場は何故か人で溢れかえっていた。
しかも何故かどこの利用者もやけに無口で、黙々と僕らの周囲にテントを張り始めたのだ。
「意外と人気のスポットなんだな」とK。俺は酒の入ったマグを傾けながら、「どっかに女二人組のテント無いかな」と笑った。
そうして周りが完全に闇に染まった頃、Kがメインデッシュとばかりに川魚のアルミホイル焼きを作り始めた。今夜はボトル一本空けてしまおうと言う勢いだったので、お互いに食べる気は満々だった。そうして辺りに良い匂いが立ち込め始めた頃、僕は妙な事に気が付いた。何故かどのテントも、夕餉の支度をしていないのだ。
それどころか、誰もがテントの中へと引っ込み静かにしている。見ればどのテントも、灯り一つ点いてはいない。
聞こえるのは僕らの使うオイルバーナーの炎の音だけ。辺りはわざとらしいほどの静寂に満ち溢れていた。
「なぁ、なんかおかしいよな」と聞けば、Kもまた「なんか俺らの動向伺っているような気がするな」と、怖い事を言う。だが、良く良く見ればそれも冗談とも思えず、どこのテントも中から目だけ伺わせて僕らの様子を見ているような感がある。
そう言えば――と、僕は気付いた。僕らはその敷地のど真ん中に陣取ったのだが、他のテントは僕らのテントを中心にして、等間隔に円が出来るようにして立てられているではないか。
「気味が悪いな」とKは立ち上がり、トイレへと向かった。僕は一人きりで少々心細かったのだが、案外Kは早く戻って来た。
「おい、ここを出るぞ」とK。「どうしたんだよ」と聞き返せば、「駐車場には俺らの車以外、何も無かった」と言うのだ。
麓からここまでは、どんなに頑張ってもキャンプ用品を担いで歩いて登れるような距離ではない。僕とKは蒼白になりながら、全ての荷物を置いて車へと向かった。途中、立てられた他のテントの横を通り抜けなければならないのだが、そこから覗く視線がやけに怖かったのを覚えている。
Kは泥酔しながらも懸命に車を操って麓まで降り、結局僕らは近くの空き地で一夜を過ごす事にした。
翌朝、キャンプ用具を取りに山まで戻った。想像していた通り、そこには僕ら以外のテントも利用客の姿も無かった。
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