#331 『追悼ライブ』
僕はソロにて活動するミュージシャンの端くれなのだが、十数年もやっているせいか、ライブイベントをひらけばそこそこには人が集まってくれるようにはなった。
そんな僕だが、一度だけ信じられないような体験をした事がある。
名前を仮にNさんとしておこう。そのNさん、僕よりも若干年上の女性のファンの方なのだが、どんな小さなイベントでもほぼ必ずと言って良いほどに駆け付けて来てくれていた。
ある日のライブ後の事、僕はそのNさんにこう打ち明けられた。もしも突然私が顔を出さなくなったら、それは私がもうこの世にはいないと言う事だから。そうなったら一回だけでいいので、曲の前に私の事を思い出してから歌って欲しいと言われたのだ。
いや、もしもそうなったらあなたの為に追悼の曲を作りますよと返せば、「本気にしますよ」と、真剣な顔で言われたのだ。
結局その話以降、三度目のライブからはもう彼女の姿は無かった。これはそれから少しして別のファンの人から聞いた話なのだが、とある病で彼女は亡くなってしまっていたらしい。
その話を聞いた直後から、僕は彼女との約束の為に追悼の曲を作る事にした。
不思議な事に、その曲を制作している最中、家の中で様々なおかしな事が起こった。
アルバイトが終わって家へと帰ると、片付けた筈の書き掛けの楽譜が出ていたり、曲のコードをギターで弾くとどこか遠くから笑い声が聞こえたり、一人で部屋にいると言うのにその曲のサビの部分の鼻歌がどこからか聞こえて来たりと、現象は様々だった。
やがて曲が出来上がり、その曲のタイトルも決まった。その曲のお披露目は、三日後に予定されているイベントにて演奏するつもりだった。もちろん誰にもNさんの話はしていないし、それが追悼の曲だとも言うつもりは無かった。
イベント当日、会場がオープンして間もなく、僕は自身の目を疑った。なんと亡くなったと言われているNさんの姿があったのだ。
そっと近付き声を掛けてみると、Nさんだと思っていた人はその実のお姉さんで、その手にはNさんの笑い顔の遺影が抱かれていた。
そしてライブは始まった。Nさんのお姉さんはど真ん中の最前列に座っていた。
例の追悼曲は、三曲目に持って来ていた。歌い始めには確かにお姉さんの姿はあったのだが、歌い終わり頃には椅子に遺影を置いたままいなくなっていたのだ。
ライブ後、会場のどこを探してもお姉さんはいなかった。仕方なく遺影を預かろうと僕がそれを取りに行くと、それは遺影などではなく、僕の部屋に飾っておいたパリの風景写真であった。
以降、その曲は完全に封印し、二度と演奏はしていない。
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