#329 『古物店・肆 馳せる』

 古物店シリーズ最終話。

 仕事柄、どこから掘り出したのかすらも分からない曰く付きの骨董品、いわゆる“厄介モノ”と呼ばれるものなのだが、そう言う品が良くウチの店にやって来る。但し今回の物は、その限りでは無い。

 それはいつやって来たのか、店内のBGM用に使っている年代物のスピーカーの上にちょこんと置かれたスノードームがあった。ガラスの容器の中に模型や透明の液体を封じ、逆さにしたり振ったりすると、その中で白い粉状のものが舞ったりすると言う玩具である。

 値札はたったの三百円。どうせすぐに売れるだろうと思っていたのだが、何故かその品は一週間経っても、二週間経っても、売れて行く様子が無かった。

 大抵この手の玩具は、中に雪だるまやクリスマスツリーなどが飾られている事が多いのだが、何故かそのスノードームに限っては、古いタイプの戦闘機であった。

 ある日の事だ。スピーカーの前を通り掛かる瞬間、例の売れ残りのスノードームに、雪が舞っているのが見えたのだ。そうしてその前を通り過ぎた瞬間、「えっ?」と、足が止まった。なにしろ店内には自分一人しかおらず、そのスノードームに触れたであろう存在はどこにもいなかったからだ。

 以降、同じ現象は頻繁に起こった。動いた瞬間はただの一度も見てはいないが、確実に誰かがそれを取り上げ、振っている事だけは間違いないのである。

 ある晩の事だ。自宅の寝室で寝ていると、妙な夢を見た。暗い部屋の中、窓越しに外を見ている少年の姿がある。そこはどこなのだろう、外は一面の雪景色。遠くの滑走路に一機の飛行機が停まっており、誰かがそこから歩いて来ると言う夢だ。

 しかもその夢は、それ以降かなりの頻度で見るようになった。そしてその夢と、店で雪が散らばるスノードームの景色がやけにだぶって見えるようになったのだ。

 ある日の事、もしもそのスノードームが今日の帰りまでに売れ残ってしまったら、自分で買って帰ろうと決意をした。そしてその晩、私は財布から取り出した三百円をレジに投入し、家へと帰った。

 その晩も、同じ夢を見た。だが夢はいつも以上に鮮明で、窓辺の少年がやけにうなだれて泣いている姿が見えたのだ。

 起きた私はすぐにとある事を調べ始めた。まず、例のスノードームの中に飾られている模型は、ドイツのメッサーシュミット社の戦闘機。第二次世界大戦の頃に活躍したものらしい。次にそのスノードームを生産した会社を調べたのだが、それがなかなか出て来ない。だが、玩具専門の人に聞いてみた所、市場には出回ってはいないが、とあるメーカーがそれに近いものを数個だけ作った言う話を聞いた。

 後は簡単だった。そこのメーカーの社長である人物を調べたら、その父親が大戦中に撃墜されて死亡している事が分かった。まさに、例のスノードームの中の模型の戦闘機である。

 私は知り合いを介して、そこのメーカーに問い合わせた。このような玩具を手に入れたと話せば、そこの社長自らの電話に繋がった。そうしてそのスノードームを作った経緯を、社長自らに聞き出せたのである。

 後日、国際便でそのスノードームはドイツへと向かって発送された。そして更に数日後、謝礼金と称した多額のお金が私の口座に振り込まれた。三百円が、数千万に化けたのである。

 そのスノードームは、社長自らが父を偲んで作らせた特別製で、なんの手違いか彼の元を離れて日本まで来てしまったらしい。

 その年の暮れ、珍しく東京でも大雪となった。私は遠くに聞き慣れないエンジン音を聞いたような気がして目を覚ました。

 カーテンを開けるとそこは雪景色。どこかに戦闘機の姿でもあるのではと目を凝らしたが、いつも通りな江戸川の河川敷が見えるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る