#326 『古物店・壱 跳ぶ』

 とある骨董店の方から貴重なお話しをいくつか聞かせていただいた。本日より四日間に渡って、その中の数話を掲載したいと思う。

 今から三十年も前の話だ。都内某所で、喫茶店の雇われ店主をやっていた時期がある。

 自分で言うのもなんだが、とても面白い店だったと記憶している。なにしろ店の中は和洋の隔たり無く掻き集められた骨董品で溢れかえっているような店だったからだ。

 実際、店のものは全て売り物だった。何もかも全てに値段が付いており、店に来る客のほとんどは、珈琲よりもそちらの方を目当てにしていた。

 しかも良く売れたのだ。時代も時代で景気は良かったし、スタジオに持ち込んだ骨董品に値段を付けて喜ぶと言うテレビ番組が流行っていたせいもあり、オーナーが前の日に買い付けて来た品物は、翌日には半分ほど無くなってしまうと言うぐらいの売れ行きだった。

 オーナーは、私が店を閉めた後にトラックでやって来て、仕入れた商品を店に並べて帰る。そしてそれを、翌朝から私が売りに出すのだ。

 但し、時々妙なものを仕入れて帰ってしまう事がある。その時はもう店に入った瞬間の気配で分かる。そしてそれは、あの時も同じだった――

 早朝六時。裏口のドアを開けた瞬間、ゾクゾクッとした嫌な気配が背中を走る。またとんでもないもの運んで来られたなと、半ば諦め気分で店内へと入るのだが、どうにもその嫌な気配の原因がどこにあるのか分からない。大抵はぐるりと視線を一周させるだけでどれがその“ブツ”なのか分かってしまうのだが、その日だけは全く掴めないのだ。

 こっちか――と、気配を辿って行くも、突然気配の位置が変わる。ではこっち――と辿ればまた変わる。全く埒があかないのである。

 そうこうしている内に、どんどん時間が過ぎて開店時間になってしまう。私は今回ばかりはその嫌な空気は無視しておく事に決めた。

「よう、どうだい?」と、開店直後にオーナーから電話が入った。

「どうだいじゃないよ、なんかとんでもないもの持って来ただろう」と聞けば、「良く分かったな」とオーナーは笑う。だがやはり、オーナー自身もどれがそうなのか全く分からなかったのだと言う。

 カラカラカラ――と、横開きのガラスのドアが開く。「いらっしゃいませ」と客を出迎えるも、入って来たのは十代ぐらいの若い女の子ばかりで、寒い日だと言うのにドアを開けっぱなしのまま、「こわ~い」とか、「すご~い」とはしゃぐばかりでなかなか店内まで入って来ないのである。

 いい加減、「寒いから閉めてくださいね」と言おうとしていた時だった。店内のカップル客が、「うわぁ!」と大きな声を出す。続いて大きな羽音。私もそれは見た。雀ほどの大きさの“何か”が、その開けっぱなしのドアから飛び出て行ったのを。

「蠅(ハエ)だった」と、それを見た客が言う。但しその大きさは尋常ではなく、男性の握った拳ほどの大きさがあったらしい。

 後でその件をオーナーに伝えると、「それ、“蠅の王”じゃない?」と、暢気な声で言う。

 私は内心、とんでもないものを連れて来るなよと、心底彼を呪った次第だ。

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