#323 『サイレン』
日曜の夕方の時の事だ。
私の町では、午後五時になると各所に設置されたスピーカーから、“赤とんぼ”の曲が流れ出るようになっている。
その日も、その曲は鳴っていた。いつもの事ながら、遠くや近くのスピーカーから時間差で流れ出て来る曲は、とても不愉快な不協和音となって聞こえて来る。
最後の音が遙か遠くで鳴り響き、曲が終わる。あぁ、これでまた明日から月曜日。学校行きたくないなぁなどと考えていたその時だった。
ブォオオオオオォォォォ――と、今までに聞いた事の無いようなけたたましいサイレンが鳴り響く。そのサイレンもまた各所から轟き出ていて、遠く、近くと、空気を震わせていた。
確実に、尋常ではない“何か”が起こっているのだと察した。私は慌てて二階の自室の窓を開けるも、見渡す限りでは特に変わった様子は無い。
ブォオオオォォォ――ブォオオオォォォ――と、サイレンの音は鳴り止む気配を見せず、延々と続いている。私の家は町の中心から少々高台の方に建っているのだが、坂の下の方で頭に座布団や防災頭巾を被って逃げ惑う人の姿が見え隠れしていた。
確かに何かが起こっている。思い、慌てて階下へと駆け下りると、母はのんびりと横になりながらテレビを観ているではないか。
「ねぇ、かぁちゃん! はよぅ逃げんとや!」私が言うと、「どこによ?」と、母は不思議そうな顔で聞く。
危機感ゼロなのかこの母親はと、少々腹立ち混じりに「このサイレン聞こえんの?」と聞けば、「サイレン? どこに?」と、問い返される。
いつの間にかサイレンの音は止んでいた。それどころか母はその音を聞いておらず、後日、学校で同じ質問を友人にしても、誰一人としてその音は聞いていなかった。
私はその一件を気にして、後で町の郷土史などを調べてもみたのだが、過去の同じ日に空襲や大地震等の被害があったと言う歴史は無く、今以てあの時の出来事は分からず終いなのである。
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