#322 『大國霊(おおくにたま)』

 友人のTが運転する車に乗って、深夜の街を徘徊していた時の事。

 目的は単純に、“ナンパ”だった。街を歩く女性に声を掛けて、上手く行けば車に乗せてしまおうと言う魂胆である。

「おっ、向こうに人影発見」とTの声。見れば長い黒髪に、黒のスーツの女性の後ろ姿。車は低速になり、滑り込むようにその女性の横へと付けると、ウインドウを明けて「ねぇねぇ、もう帰り?」と声を掛ける。

 だがその女性、妙に姿勢がおかしい。声を掛ける前から俺達の存在に気が付いたらしく、顔を伏せるようにして上半身だけを丸めた姿勢でいるのだが、足は緩める事なく真っ直ぐに早足で歩いて行く。

「ねぇ」と、もう一度声を掛けるも女性の反応は無い。上半身だけがやけに奇妙な格好で、どんどん先へと進んで行ってしまう。

「やおめとこうぜ」と俺が言うと、「そうだな」とTは車を出すのだが、それから少し進むとまた前方に人影がある。今度こそ普通の女性ならいいなと思いながら近付けば、それは先程と同じように上半身だけを丸めた黒いスーツの女性。Tは無言でその横を通り過ぎると、また少し先に同じような格好の女性が歩いているのだ。

「なぁ、これ……」言い掛けるとTは、「ちょっと黙ってろ」と強い口調で言う。

 そしてそのままTはしばらく車を走らせ、とある大きなT字路で、道の無い方向へとハンドルを切った。

「おい、ちょっと待てよ! そっちは――」言い掛けた所で、「いいんだ」とT。そして車は縁石を乗り越え、石柱の門の間を通り抜け、でこぼこな石畳の上を通り抜けて大きな鳥居の真下で停車した。

「お前これ、四駆じゃなかったらとんでもない事なってたぞ」と俺が叫べば、Tはシートに座ったまま後ろを振り返り、「見ろよ」と言う。

 言われて俺も振り返れば。車のすぐ真後ろに誰かが立っていた。

 ――黒いスーツの女性だった。女は丸まった上半身を起こし、髪を掻き上げ、“空洞”の顔を見せ付けながら鳥居の前から立ち去って行った。

 真夜中の、某神社の境内での事である。

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