#319 『新聞紙の家』

 近所に、“新聞紙の家”と呼ばれている建物がある。

 見れば分かる、窓と言う窓全てに、新聞紙が貼り付けられているからだ。

 庭は荒れ放題で、ポストからは郵便物が溢れ出ている。まさに廃屋染みた家だが、実際にはまだ人が住んでいるらしい。

 一説によると窓だけではなく家中の床も壁も天井も新聞紙が貼り付けられており、外に出られない“心の病の住人”が、静かに独りでそこに暮らしているのだと聞く。

 ある日の事、その家の前を通り掛かった際、悲鳴をあげてその家の門から飛び出して来る人影を見た。それはいかにも営業風な眼鏡を掛けたスーツ姿の男性で、転げるようにして飛び出して来たかと思えば、落とした鞄を拾って駆け出して行ってしまった。

 私は開けっぱなしになった門の外から家を覗く。玄関が少しだけ開いており、なんとなくだが事件のような雰囲気を感じた。

 それから数日後、再びその家の前を通り掛かると、先日そこから飛び出して来たスーツ姿の男性が家の前で立ちすくんでいた。

 私がその横を通り掛かると、「すいません」と、その男性は私に声を掛けて来る。

「この辺りにお住まいの方ですか?」聞かれて私が「はい」と答えると、「この家の事、何かご存じではないでしょうか?」と続けて聞かれる。

「いいえ、何も」言うと男性は少しだけ困った顔をして、「申し訳ありませんが、頼まれ事を聞いてはいただけませんか」と言うのだ。

 今から私はこの家の中へと侵入します。ただ少々、身の危険が想像されるので、可能ならばここにいて様子を伺ってもらえないか――と言う話の内容。その上で、もしも私が三十分経っても出て来なかった場合、警察へと連絡して欲しいとまで言うのだ。

 成り行き上、仕方なく頷く私。そしてそのスーツの男性はおそるおそる家の玄関を開けて中へと入って行ったが、予告通り三十分経っても家から出ては来なかったのだ。

 私はきっかり三十分を待って、地元警察へと電話した。私はすぐにその内容を手短に説明し、「助けてください」とお願いすると、電話口の向こうの警察の男性は、「×××さんのお宅ですよね?」と、至ってのんびりした口調で返して来る。

 私は慌てて表札を確認し、そうだと告げると、「一応は通報なので向かいますがね」と話した上で、「眼鏡の男性に、警察へ連絡してくれと頼まれたのでしょう?」と聞いて来るのだ。

「それ、悪戯なので相手にしない方がいいですよ。しかもその家、住んでる人なんかいないから。とにかくそちらには向かいますが、あなた自身も早くそこから逃げて」と言う。

 そんな馬鹿な――と、電話片手に二階を見上げれば、破れた新聞紙の隙間から覗く眼鏡越しの瞳と視線が合った。

 果たしてそれが変質者なのか、それとも以前の住人の霊なのかは知らないが、私はもう二度とその近くの道を通り掛かる事はしなくなった。

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