#318 『片倉さん』

 前出のYouTuberさんのお話し。

 ――怪奇現象とかではないのだが、どうにも釈然としない話がある。

 某県の僻地に、廃墟となった観光ホテルがある。僕達はそこを撮影する為に現在の管理会社を突き止め連絡をすると、所有者と直接やり合ってくれと、“片倉さん”と言う方の電話番号を教えられた。

 意外にも片倉さんは女性だった。僕が撮影の件を持ち出すと、「許可出来ません」で一蹴された。だが良く良く話を聞けば、老朽化が原因で許可を出せないだけなので、自己責任で行くのならば黙認しますとの事。そしてもう一つ、そこに至るまでに強固なバリケードが立っているので、それを自力で退かし、戻しておいてくれる事が条件との話だった。

 後日、僕達はまだ陽の明るい内に現地に到着した。ホテルの前に車を停め、カメラを回して侵入すると、驚いた事にフロントの奥の方に人影があったのだ。

「こんにちは。先日、お電話いただいた方ですよね?」と、話し掛けられる。三十代ほどの女性の方だった。どうやらそれは昨日の電話の片倉さん本人らしく、廃業して尚、負債の整理に追われてこうして現地の事務所へとやって来る事が多いのだと言う。

 僕らは挨拶もそこそこに、撮影前のロケハンを始めた。そうして夕暮れが近付いて来た頃には既に片倉さんの姿は無く、後日電話でお礼を言おうと言う事で決着が付いた。

 深夜、撮影を終えて車へと乗り込み、いくらか走り出した所でカメラマンのJが言う。「なぁ、あの片倉さんって人、どうやってここまで登って来たんだ?」と。

 確かにそれは不思議だ。思い起こせば僕ら以外の車など無く、徒歩で来るには厳し過ぎる距離である。しかも僕らが退かしたバリケードには事前に動いた形跡などどこにも無く、別ルートから来る以外に辿り着ける訳が無かった。

「他のルートは……無いね」と、レポーターのKがカーナビを見ながら言う。僕は僕でグーグルマップを調べたのだが、やはり今走っている道路以外のルートは存在していない。

 翌日、片倉さんに連絡するも、電話番号は使われていないと言うガイダンスが流れて来る。

 仕方なく紹介してくれた不動産屋に電話をすれば、「そんな人を紹介した覚えは無い」と言うのだ。

「いや、本当にそちらで紹介されたんです。他の方にも伺ってみてください」と、尚も食い下がると、「そんな人はいない」と言う。どうやらそこは個人で営業している不動産屋らしく、自分以外の者が電話に出る事は無いらしい。

 ちなみにその観光ホテル、所有者は借金で行方をくらまし連絡を取れるどころの話では無く、しかもその所有者の名前は、“片倉”ではなかった。

 今尚、その時の動画は残っており、その冒頭には例の“片倉”と名乗る女性の顔も映っている。

 だが、今以てそれがどこの誰なのかは分からず終いである。

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