#312 『老人の缶詰』
当時、僕がまだ小学生だった頃の話だ。
近所の缶詰屋が、夫婦で夜逃げをしたらしいと言う噂を聞いた。
そこは小ロットで生産する個人向けの缶詰工場だった。例えば春に採った山菜を加工してくれとか、猪が捕れたから保存しておきたいとか、そう言う個別注文で成り立っている仕事であったらしい。
住む人のいなくなった家屋は、すぐに人の噂する場所となった。その時に僕が同級生から聞いた噂は、「あの工場、老人の肉を缶詰にしてる」と言う、かなりグロテスクなものであった。
それから少ししてその廃屋に侵入しようと言う計画が立ち上がり、それには僕も加わった。
侵入は楽だった。かなり慌てて夜逃げしたらしく、施錠も何もされていなかったからだ。
さほど大きくもない工場スペースがあり、そこにはいくつかの槽と、缶詰をプレスする機械等が置いてあった。
友人の一人が、「あった」と声を上げる。見れば確かに棚に置かれた缶詰の缶には、“老人・肉”と、油性ペンで書かれていた。友人達はその缶を指さしながら、「やっぱ人肉工場だ」と騒いでいたが、僕は近くにあった発注書を見て「違う」と思った。“××園”と言うネーミングですぐに、老人ホームの事だと察したからだ。
良く良く見れば、“老人・煮”とか、“老人・野”とか書かれている缶もある。単純に、肉と煮物と野菜の缶詰だろうと思ったのだが、喜んでいる友人達に水を差すのも嫌だったので、そこは黙っておく事にした。
すると、先に住居部分の方を見に行った友人達が、血相を変えて飛んで来た。
「ここのオヤジの幽霊が出た」と、工場の奥の方を指さして言う。
さすがに友人達は全員尻込みして、「怖いから出よう」と言い出した。だが僕は、「どうせまた何かの勘違いだろう」と察し、一人でそれを見に行く事にした。
奥の廊下を進めば、すぐに自宅部分となる。簡素な上がり框があり、僕はそこから上へと上がった。
自宅部分はもう既にかなり荒らされていた。おそらくは借金取りや、金目の物目当ての泥棒だろうと見当を付けた。
どこに幽霊らしきものがいるのだろうと居間を覗けば、そこのテーブルの上にちょこんと、男性の首だけが置いてある。――見覚えがあった。前にここで缶詰工場を営んでいた主人の顔だ。
何でその人の顔の模型がここに? 思っているとその首は、僕を見つめて「にぃ」と笑う。
果たしてどんな構造になっているのか。その首だけの主人はテーブルの上をまるで滑るかのようにスルスルと動き、ごろりと床へと落ちたかと思えば、またスルスルと床の上を滑って僕の方へと近付いて来る。
さすがにそれには僕も、悲鳴をあげて逃げるしかなかった。
それからすぐにその家は、近所でも評判の幽霊屋敷となったのだが、どう言う訳か噂の大部分は“老人の肉の缶詰”の方であり、誰もその主人の首については触れていないのである。
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