#308『夢に華に』

 僕がまだ小学生だった頃の話だ。

 春ともなれば花見をするのが日本の風習だが、僕が住んでいた集落では一風変わった花見の行事があって、とある日の夕刻から村中が一斉に同じ場所へと集まり、夜桜で花見を楽しむと言う習わしがあるのだ。

 集まる場所はその村で唯一の神社で、そこの境内には大きな古い桜が何本も植わっているのである。

 要するに、その神社のお祭りのようなものだったに違いない。誰もが茣蓙(ござ)を敷き、重箱の弁当をつつきながら酒を交わす。神社の前では篠や篳篥(ひちりき)の演奏をして、その場の雰囲気を盛り上げていた。

 ただ、そのお祭りの日だけは、神社の裏手へと踏み込んではいけないと言う厳格な規則があった。それだけは誰もが守り、どんなに酩酊した酔っ払いでもやらない行為だった。

 だが僕だけは、それを守らなかった。両親達と一緒にいるのが退屈で、誰もが酔って笑い声を上げている中、僕はこっそりと神社の周りに広がる林の中へと隠れ、かなりの遠回りをしながら神社の裏手へと近付いた。

 神社へは容易く行き着いた。そのまま神社の手摺りを掴んで上へとよじ登ると、建物沿いに裏まで忍び込む。すると何故かそこでもお祭りをやっているではないか。

 かがり火の明かりがやけに美しく、朱色と言えば良いのか、桃色と言えば良いのか、とにかくそんな紅色の灯りがそこいら中に瞬いて、その火を囲んで数人の巫女さんが舞を踊っている。僕はそれが楽しく手摺りから足を投げ出し、飽きる事なくそれを見ていた。

 するとその巫女さん達がするすると引っ込み、今度は禰宜さんのような男性が現れたかと思うと、脇差しを抜いて振りかざし、舞を舞った。

 ざああああと風が吹き、落ちた桜がその禰宜さんの周りで飛び交い始める。するとどこからか、腹だけ大きな痩せ細った男達が出て来て、その禰宜さんの前に触れ伏すのだ。

 すらりと、禰宜さんの刀が舞う。するとその痩せ細った男性達の首がすとんと落ちて、ころころと転がり大きな桜の根元まで辿り着くと、その根元に開いた穴にころりと転がり落ちて行く。

 その痩せた男達は、次々と現れては、禰宜さんに首を撥ねられる。そしてその首はころころと転がって桜の根元へと落ちて行くのである。

 僕はそれがやけに楽しくて、いつまでもいつまでも眺め続けていた。

 突然、ひときわ大きな風が吹いたかと思うと、散った桜の花びらが僕の目の前を一斉に通過し、そして暗転。気が付けば何故か僕は、泣きじゃくる母に見守られて病院のベッドの上にいた。

「意識が戻りました」と、白衣の男性が言う。すると脇にいた僕の祖母が、「人払いを」と全員病室の外へと追い出し、一体神社で何をして何を見たのか、正直に話しなさいと言うのである。

 僕は包み隠さず全てを告白した。すると祖母はありったけの力で僕の頭を叩き、「今から謝りに行くぞ」と、止める病院の先生の制止を振り切り、例の神社へと向かったのだ。

「死んでいてもおかしくなかったんだけどね」と、神社の神主さんは言う。

「それぐらいで許してもらえて良かった。今後はその傷を見る度に、自重するように心掛けなさい」

 言われて初めて気が付いた。僕の顔には大きな刀傷が付いていて、相当数の針で縫われていたのだ。

 ちなみにその傷跡は、かなり薄くはなったが今も残っている。

 もう既に郷里は離れてしまったが、例のそのお祭りだけは今も毎年行われているらしい。

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