#307 『二階へは上がるな・参』
三夜連続、同じタイトルの違う話を掲載する事とする。
三夜目の最終日は、東北のとある山村の家でのお話し。
――私の家から歩いて十数分の所に、“本家”と呼ばれる家がある。そこには年老いた大叔父(祖父から見た叔父)とその奥さん、そしてその二人の子である、“春子さん”の三人が住んでいる。
春子さんの年齢は知らないが、おそらくは四十代から五十代ぐらいであろう。独身で、ほとんど家から外には出ない。昔から少々、精神面で弱い部分があるのだ。
実家には時折、祖父と一緒に顔を出す。本家はとても変わった家で、玄関から上がった右手側は全て、“開かずの間”状態なのだ。
本家にはトイレと風呂と台所が二カ所もある。要するに、普段使っている所の他に、開かずの間の方にも同じくもう一つあるのだ。
開かずの間の側は単なる呼称だけで、特に空間的に塞がっている訳ではない。玄関から上がり、右手の廊下を進めば自動的にそこに出る。そしてそこを意識的に使っていないと言う訳でもないらしく、進んだ先の壁には柿が干されていたり、床に大根が積まれていたりもする。
つまりは単純に、生活の一部として機能していない空間と言うだけだ。
但し、そこから通じる二階だけは完全に開かずの間なのである。その階段の前まで行けば分かるのだが、なにしろ上り下りが完全に無理であろう程に荷物が積まれ、その荷物の隙間からようやく二階であろう場所が覗ける程度なのだ。
私は昔からその二階が気になっていた。何故かは知らないが、そこに“人の気配”を感じるのだ。
ある日の事、私はそっと春子さんに、その事を聞いてみた。「春子さんは二階に上がった事あるの?」と。すると春子さんはぶっきらぼうな口調で、「あるわ」と言う。首吊って死んだ叔父の遺体、あたしが担いでおろしたんよと、とても衝撃的な事を言う。
なんでも、春子さんにとっての叔父(父の弟)が、昔そこに住んでいたらしく、トイレやお風呂が二つあるのはその名残だと言う。
実際、その叔父と春子さん一家は、ほとんど交流が無かった。同じ屋根の下で暮らしているとは言え、ほぼ引き籠もり状態だった叔父は滅多に顔を出す事もせず、親の残した貯金で細々とやりくりしていたらしい。
叔父は、二階の自室で亡くなっていたと言う。ここ最近、降りて来る姿を見てないなと言う話になり、見に行けば既に遺体の腐乱が始まり掛けていた。
「ただなぁ、なんかおかしい死に方だってん」と、春子さんは続ける。
叔父は梁からロープを下ろし、首を吊った。だが遺体は床に転がっていた。どうやら死ぬ途中で怖くなったらしい、手に持ったナイフでロープを切断しているのである。
だが、高さが合わない。ロープは梁のすぐ近くで切られており、首を吊っていたとしたら、手を伸ばしてもそこまで届かないのだ。
しかも叔父が登ったであろう踏み台が見付からない。それどころか、叔父の身長とロープの長さを足せば充分に足が床に届く距離で、物理的に首をくくるのは不可能だったのだ。
だが、その遺体のポケットには叔父の筆跡で書かれた遺書があった。かなり無理矢理だが、結局は叔父の自殺と言う事で片付いてしまった。
「遺書もなぁ、なんかおかしくてなぁ」と、春子さんは言う。
もう生きるのを諦めますと言う、いかにもな遺書らしき文面が並び、そしてその最後に大きな文字で、こう書き殴られていたと言う。
“二階へは上がるな”――と。
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