#306 『二階へは上がるな・弐』
三夜連続、同じタイトルの違う話を掲載する事とする。
二階へは上がるなシリーズの二夜目。A県某所での話である。
――我が家に三男が誕生した。
家族構成的には長男である高校生の僕と、両親に、祖父に、中学生の次男。かなり年齢が空いて三男である。
さすがに今いる家では狭い。どこかへと越そうと言う事になって、物件探しになった。
とある築年数の古い一軒家を紹介された。内見に行けば、思ったよりも綺麗で、価格の割りには良い物件に思えた。
皆が皆、「ここでいいんじゃない?」と言う意見でまとまりそうな時だった。父が一点、見取り図を眺めながら「この部屋ってどこから行くんだ?」と質問を投げ掛けた。それは家の二階にある南東の部屋。思えば確かに、その部屋だけは見ていない。
不動産会社の人はいかにも「しまった」と言う苦い顔をして、「どこからも行けません」と答えた。どうやらその部屋には、通じる階段も廊下も、ドアすらも存在していないらしい。
「じゃあどうやって行けばいいんだ」と言う問いには、「屋根伝いに窓からしか出入り出来ません」と言う答えが返って来た。
結局、祖父の言う「面白い」と言う理由でそこに決まってしまった。その出入り出来ない部屋は、祖父が自室にすると言う。そして実際に祖父は、その部屋を使った。
二階の廊下の窓に小さな梯子を取り付け、屋根には歩く用の板を渡し、自室の窓には小さな階段を設えた。どうやら結構気に入っている様子で、僕らが一階の居間にいると、祖父が屋根を渡るギシギシと言う足音が聞こえて来る事があった。
そうしてその家に移り住んで二ヶ月ほど経ったある日の事だ。皆が居間でテレビを観ていると、突然屋根から奇妙な物音が轟いた。そしてそれに次いで、裏庭に“何か”が落ちる音。慌てて窓を開けて外を覗けば、そこには祖父が倒れ込んでいた。要するに、二階の屋根を渡っている最中に足を踏み外し、裏庭へと落ちてしまったらしい。
すぐに祖父が病院に運ばれた。頭を強く打っており、運び込まれた時点では意識が無かった。
だが二日目にはなんとか取り戻し、呆然とはしているが会話も出来るようになったと言うのだ。
「爺さんなんだかお前に会いたがってるぞ」と、見舞いに行った父が僕にそう言った。
仕方なく病室に顔を出せば、祖父は元気の無い声で僕にこう告げた。「あの二階に入れない理由が分かった」と。
どう言う意味だと問えば、祖父はゆっくりと目を瞑り、「誰も入れないようにしろ」と言うのだ。窓を閉め、雨戸も閉めて、出来ればその上から板を打ち付け、もう二度と誰も入れないようにしておけと僕に頼む。
意味が分からなかったが、「雨戸を閉めるまでならやってやる」と応えておき、家へと帰った。
実際にその通りにした。結局その部屋を最後に見たのは僕になった訳だが、部屋の中には祖父の布団とテレビ、そして小さなテーブルと仏壇があるだけだった。
その日の深夜、二階の廊下を誰かが歩く音がする。その足音は廊下の窓から外に出て、屋根を歩いて祖父の部屋の窓を開けた。
祖父が帰って来たのかと思い、部屋から出て明かりを点けた。だが廊下の窓は閉じたままだし、祖父の部屋の雨戸も開いてはいない。
以降、昼夜限らず、窓を開けて屋根を渡る怪音は続いた。
その後、祖父は病院に入院したまま痴呆症となり、施設へと預けられた。
今以て、「あの二階に入れない理由が分かった」と言う祖父の言葉の意味が、理解出来ていないままである。
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