#305 『二階へは上がるな・壱』

 三夜連続、同じタイトルの違う話を掲載する事とする。本日はその一夜目。I県某所にある旧家での話である。

 ――祖父母の住む実家は相当に古い。

 かつては私もその実家で生まれ育ったのだが、熱烈な母の意見が通り、近隣に家を建て、両親と共にそこに移り住んだ。なので今はもう祖父母二人だけで住んでいる。

 実家はかなりの増築を繰り返しているらしく、内部がとても入り組んでいる。一体どんな増築を計画していたのだろうか、元々あった母屋から廊下が枝分かれして行って、各部屋に行き着くのである。したがって元あった母屋は完全に外からは遮断されており、窓を開けても廊下だったり、どこかの部屋だったりと、奇妙な作りとなってしまっている。

 面白いのが二階へと続く階段だ。なんと実家には四つもの階段が存在しており、しかもどの階段を上がっても違う二階へと行き着く。つまりは階段の数だけ二階があるのだ。

 だが更に面白い事に、実家には五つ目の“二階の部屋”が存在している。一見したらそこが二階だとは気が付かない。なにしろとある部屋の隅の天井の板を外して、行き着ける場所なのだから。

「あの二階には行っちゃなんねぇ」と、祖父は言う。それは代々伝わる禁忌のようで、祖父も昔からそう言われて育ったのだと言う。

 実際にその二階へと向かう階段は無い。かつてはあったそうなのだが、祖父の父親だった人が取り外して捨ててしまったそうだ。しかも良く見ればその天板、塞がった上に幾枚ものお札(ふだ)が貼られている。かなり古びてはいるが、どう見ても剥がされた形跡が無い。

 私の母は、それを怖がった。時折、その二階であろう天井裏から足音が聞こえたり、人のあげるうめき声が聞こえたりする事があったと言うのだ。

 私達一家は、定期的に全員で実家へと戻る事がある。そしてとあるお正月、いつも通りに全員で実家へと向かい、そこで正月を祝った。

 家族の皆は大概、日本酒で酔っ払い、炬燵で寝入ってしまった。食卓に残ったのは私と祖父と、私の母の三人だけ。特に会話も無く、だらだらと面白くもないテレビのお笑い番組を眺めているだけ。

「爺ちゃんなぁ、実はなぁ、一回だけあの二階に上がった事あるんよ」と、祖父が突然そんな事を言い出した。その五つ目の二階がある辺りの天井を見つめながら、「親父が階段外しちまったのが分かるぐらい、気味のわりぃ部屋だったわ」と。

 そこの二階は、座敷牢だったと言うのだ。一体誰を閉じ込めていたのだろうか、窓の無い僅か三畳ほどの場所に、布団と卓袱台と三面鏡が置いてあったと言う。

 しかも、井桁に作られた格子のこちら側には、様々な薬品入れの瓶が並び、なんとなく収容されていた人の状態を察する事が出来たらしい。

 壁は全て漆喰(しっくい)で覆われ、声を塞いだのではないかと言う。なるほど、そうなればこの無駄なほどの増改築に納得が行く。要するに母屋を、“部屋”で塞いでまわったと言う訳だ。

 瞬間、誰もが跳ね上がらんばかりの音が天井から聞こえた。ドンと言う、床を叩いたか蹴飛ばしたかのような音だった。

 続いてどこからか聞こえる人のうめき声。母はそれを聞いて、「あぁ、この声だ」と呟いた。

 それから間もなく祖父母は続けて他界したが、実家は取り壊しもままならない状態で、今もそこにある。

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