#301 『コート姿の亡霊』

 地元の山の奥に、工場の廃屋がある。

 それなりの距離があるので車でないと辿り着けないらしいのだが、近年はそこまでの道中も森に埋もれつつあり、途中からは徒歩を余儀なくされると聞く。

「あそこに行けば、必ず幽霊が見られるぞ」と誰もが言うので、僕は友人二人と原付バイクでそこに向かう事にした。

 噂通り、途中からは徒歩となった。倒木を跨ぎ、アスファルトを割って生えた草を踏みつけ、僕達はなんとかその工場へと到着する。

 それは思った以上に大きな工場だった。しかもそれほど荒れてもおらず、どの窓もまだしっかりと嵌め込まれている。

「入れるのかなぁ」と僕が呟けば、友人の一人が、裏手のドアが開いているらしいと言うのだ。

 裏の通用門は確かに開いていた。入ってすぐに、壁に掛けられた黒いフード付きのコートを人影だと勘違いして皆で驚いた。

 そうしてなんとか中へと踏み込めば、それは想像していたよりもずっと立派な工場だった。

 機械類は何もなく、ただ積み重なる埃だけがその時間の長さを物語っている。

「あれ……なんだ?」と、友人の一人が工場の一画を指さす。見れば遙か遠くの方に、“誰か”が立っているかのような姿が見える。

 だが、良く良く見れば足が無い。しかもそれは先程裏口で見掛けた黒のフード付きコートのようで、それはまるで人が着込んだかのように空中に浮かんでいるのである。

「どうなってんだ?」と、僕らはそれに近付いた。だがやはり、どう見ても、どの角度から確認しても、それは人の形をしながら空中に浮いているのだ。

「糸なんかで吊り下がってんのかな」と、友人が不用意に近付くと、突然それは物凄い勢いで天井の方へと飛んで行き、梁のどこかへと隠れて見えなくなった。

「幽霊だ!」と、友人が叫んだ。それをきっかけに僕達は今来たルートを逆に辿り、必死で裏口から逃げ出した。

 後日、その工場の事を教えてくれた先輩の家に行き、「やっぱ出ました」と伝えた。

 するとその先輩、「やっぱ出たか」と頷き、「怖かっただろう? 作業ズボンと靴だけの幽霊」と、笑いながらそう言ったのだ。

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