#300 『依り代(よりしろ)』

 筆者の体験談を一つ。

 学生時代、萩原(仮名)君と言う知り合いがいた。

 友人ではなかったと思う。私自身、彼の事はさほど好感は持てなかったし、彼もまた同じように思っていただろう。

 ある日から萩原君は学校に来なくなった。噂で聞くには、父親が多額の借金をした挙げ句、蒸発したのだと言う。

 だが十日もすればまた普通に学校に通い始めた。それから半月程経ち、突然彼から、「ウチに遊びに来ないか?」と誘われたのだ。

 断るも、彼はしつこく誘って来る。とうとう私は根負けをして「行くよ」と返事をしてしまった。すると彼は、その日の内に家へ来いと言うのだ。

 私は結局、制服のままで萩原君の家へと向かった。だが、向かう先は以前から聞いていた家とはまるで違う方向で、着いた場所はと言うと築年数は相当なものだろう、古く汚い一軒家だったのだ。

 察するものはあった。今までの彼の噂を統合すれば、元の家には住めなくなってここに越して来たのだろうと。

 玄関を入った瞬間、私は全身で怖気(おぞけ)を感じた。一瞬にして「いる」と確信出来る程の怖気だった。

 その家の作りはとても変わっていて、玄関から左右に廊下が延びていて、その突き当たりはどちらもドアの無い部屋に繋がっている。部屋には出入り口が二つあって、入って来た所とは別の出入り口に向かえば、それは台所やトイレへと繋がっているのだ。

 要するに、家はぐるりと周回した大きな廊下のような感じであった。全てが円の中に収まり、その場所毎に部屋が存在しているのである。

 私が通されたのは、萩原君の部屋であろう場所で、テレビもラジオも無い、漫画が数冊置いてあるだけの場所。彼とは元々あまり仲が良くなかったので、話す事もさほど無く、共通の知り合いの事をいくつか話題に上らせる程度であった。

 何故かその部屋にいると、怖気が定期的にやって来ていた。私が察するに、“何者か”が家の中を巡回しているように感じていたのだ。

 突然、萩原君は「ちょっと待ってて」と部屋を出て行く。孤独になった私は、護身用にと鞄の中に入れていたお守りと、小袋に入れた塩を取り出す。

 もうその頃には既に、“取り憑かれない為の方法”と、“取り憑かれた際の方法”を覚えた頃だったので、その程度のものならばなんとか対処出来ると踏んでいた。

 だが、何故か萩原君はなかなか帰って来ない。どう言う事かと家の中をぐるりと回ってみたのだが、どこにもいない。しかし二周目でようやく見付けた。それはおそらく萩原君のお母さんの部屋だろう場所の窓から、こっそりと私の様子を伺う萩原親子の後ろ姿が見えたのだ。

 そこは玄関を出た庭先。木々の植わった後ろに隠れるようにして、萩原君の部屋にいると想定した、私の様子を見守っているのだ。

 ようやく私はその意図に気が付いた。要するにその親子もこの家に“棲む”何者かに困り、誰かに取り憑かせて追い出そうとしているのだと。そしてその誰かとは、私以外に有り得ない。

 悪いが理由を知ってしまった以上、彼らの意図の通りに“持って帰る”訳には行かない。私は咄嗟に鞄から取り出したノートの切れ端で、人形(ひとがた)の“依り代”を二つ作り、それぞれを親子の部屋の両方の畳の下に置いて来た。そして玄関先で小さな盛り塩を両側に作り、念を込めた後、見えないようにそれを蹴って散らばした。

 盛り塩は、外から雑霊が入って来ないようにする為のものだが、逆に中から出さないようにする為にも用いられる。

 私は黙って玄関から出て、親子には気付いていない振りをしながら、いかにも肩が重いと言った仕草をしながら家へと帰った。

 以降、私は萩原君の顔を見ていない。もしも無事ならば、それ以降も私の作った依り代の畳の上で寝ている事だろうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る