#297 『深紅のリボン』

 僕の自宅アパートから会社までは、自転車で僅か十五分と言う距離にある。

 ある朝の事、アパートの駐輪場でチェーンを外している時に気が付いた。前輪のスポーク部分に、やけに赤黒いリボンが結び付けられているのだ。

 子供の悪戯だろうと察し、僕はそれを解くと、目の前の集積所に置かれている家庭ゴミの袋の中にねじ込んだ。

 翌朝、リボンがまた結び付けられていた。再び解いてゴミ袋へと思ったのだが、捨てる前に思い留まった。良く良く見ればそれは昨日と同じもの。必然的に同じ人間の犯行だと思える。

 さては僕が捨てるのを見付け、拾ったのだろうと思い込み、僕はそのリボンをポケットに忍ばせて会社へと向かった。

 夜、自宅にてスラックスを脱ぐと、ポケットから例のリボンがはらりと床に落ちる。

 あぁしまった、持って帰って来てしまったなとリビングのゴミ箱へと捨てる。

 翌朝、またしても前輪のスポーク部分に赤黒いリボンが結ばっているのを見付ける。

 どう言う事だろう。思いながらまたしても、リボンをポケットに忍ばせ会社へと向かった。

 やがてリボンは、リビングのゴミ箱一杯になった。ある夜、「気味が悪いな」と思い、それをゴミ袋へとまとめて放り込むと、先に捨ててあったであろう古い方のリボンが、もはや黒に近いほどに変色し、リボン自体もくしゃくしゃと縮んで丸まっていたのだ。

 思えば、この辺りで異臭がしているのも、どうやらこのリボンのせいらしい。僕はそのゴミ袋を固く結んで、夜の内に集積所へと持って行った。

 翌朝、やはり赤いリボンが結ばれてあった。僕はその行為に少々嫌気が差しており、その日に限ってリボンを解く事なく走り出していた。

 とあるマンションの横を通り抜けた。その次の瞬間、脇道から突然、転がるようにして飛び出て来た中身入りのゴミ袋。僕はそれを咄嗟に避けようとして、そのマンションの横のブロック塀に激突する。

 無様にも顔面と肩からアスファルトに落ちた。起き上がり、怪我が無いかと身体中を探ると、おそらくは額でも切ったのか白いワイシャツが鮮血で汚れていた。

 こりゃあ酷いと思い、急いで立ち上がろうとすると、何故か足に力が入らない。見れば折れた前輪のタイヤから外れたのだろう、スポーク部分の枝が一本、スラックスを突き抜けて僕の腿に深く刺さっているではないか。

 幸い僕は、そこのマンションの住人の方に通報してもらい、救急搬送されて事なきを得た。

 入院まではする必要性が無いらしく、当日の内に帰らせられたのだが、家に帰ってみて驚いた。鮮血で染まったワイシャツは赤黒く変色して縮んでおり、例の赤いリボンを連想させた。

 もしかしたらあのリボンは、この事故を予言していたのかなと、僕は微かにそう思った。

 翌朝、アパートのドアを開けると、もうそこに自転車が無い事を思い出し、僕は少しだけ笑いながら、「新しいの買わなくちゃな」と呟きドアを閉める。そして今後はもう少し注意深く行動しようと心に決め、ポケットから鍵を取り出し――悲鳴をあげた。

 赤いリボンは、鮮血を滴らせながらドアノブに巻き付いていた。

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