#296 『かざぐるま』
某霊山の麓に、相当数のお地蔵様が祀られている場所がある。
それは山の斜面に作られており、何千体と言うお地蔵様が綺麗に並んで下を見下ろしているのである。
とある夏の日、雨上がりを待って、僕と友人のSとでその場所へと車で向かった。
別に肝試しとかの類いではなく、単にその光景をカメラに収めたかっただけの話だ。
到着し、上を見上げれば、怖いぐらいの圧倒的な地蔵の数。僕はSに、「絶対に待っててくれよ」と言い残し、一眼のフィルムカメラを持ってその濡れた石段を登り始めた。
からからからから――と、うるさいぐらいに風が鳴る。そこのお地蔵様は、一体一体全てにかざぐるまが備え付けられており、風が吹けばそれが一斉に鳴り出すのだ。
そうして僕がその石段の三分の一ほどを登った頃だ。「ぺたっ」と、背後で何か音がした。そして僕はそれを、「足音だ」と直感した。
何故かは知らないが、僕の脳裏に一瞬で背後の光景が映り込んだ。地蔵の背後から現れた、全身が真っ白な子供だ。それが裸体のまま、裸足で僕の後ろを見上げているのだ。
突然、「ビィィィィィィ――」と、僕の背後で車のクラクションが鳴る。続いて僕の名を呼ぶSの声。
「おいっ! 降りて来いよっ!」
“なにか”が、起こっているのは理解出来た。だが僕はその理解を、理解したくないと言う願望で押さえ込む。
ぺたっ――ぺたたっ――と、濡れた石段を踏む足音が増える。
見ている訳ではないのだが、脳裏に浮かぶ背後の光景は、何千とある地蔵の全てから抜け出て来た真っ白な子供達が、僕の後を追って石段を登って来ると言う場面。
ぺたたたっ――ぺたたたっ――と、どんどん足音は数を増し、やがてそれは風を切るかざぐるまの音すらも凌駕するぐらいになって行った。
背後で、Sの乗る車が走り去って行く音が聞こえた。僕の足はガタガタと震えつつも、止まる意志も持てずに石段を登って行く。もはや真っ白な子供達は僕の想像の域を越え、両目の視界の端にまで現れ、僕の後を追って来ているのだ。
そうしてやがて、僕はその石段の最上段まで登り切ってしまった。もはや僕にはそれ以上、逃れる道は無い。どこか絶望的な諦めを悟った僕は、カメラのフラッシュをオンにして、振り向く事もしないまま背後に向かってシャッターを切った。
カシャッ――カシャッ――と、数枚を切った後、僕はそっと背後を振り返る。
驚く事に、背後には何の姿も無かった。僕はもうそこから転げ落ちても構わないと言った勢いで石段を駆け下りると、向こうからお寺の住職さんであろう人を連れたSの姿が走って来るのが見えた。
僕とSはその住職さんに軽いお祓いをしてもらった後、何事も無く家路へと帰り着いた。
例のカメラのフィルムは、しばらく迷った挙げ句に現像に出した。
どうやらファインダーも覗かずにシャッターを切ってしまったのが原因らしく、ほとんど全ては何も無い空の空間だけが写っているだけだった。
ただ一枚、ピンボケながらも白く透明な子供の手が写っていた写真を除けば――である。
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