#295 『棚の上の女』

 私は駅前のスーパーにて、品出しの仕事をしている。

 仕事内容自体には特に困った事は無いのだが、とあるスナック菓子のコーナーで、良く商品が落ちているのだ。

 最初は子供が悪戯でもしたのだと思っていたし、他の同僚の人も、「あそこだけ良く落ちてるのよねぇ」と、笑い飛ばす程度だったので、さほど気にも留めてはいなかった。

 だがそれでも、あまりにも頻繁に商品が落ちる。これは一体どうしたものかと、その棚の前で考え事をしていると、そこを訪れた女性のお客さんがそっと私の傍へと歩み寄り、「この辺りには物を置かない方がいいですよ」と告げるのである。

「どうしてですか?」と理由と問えば、女性は少しだけ躊躇った後、「ここにジャージ姿の女性が寝転んでます」と、良く落ちる棚の一角を指さした。

 何故か私はその女性の忠告をそっくりそのまま信じ、「どうしたら良いですか?」と教えを請うと、「夜の間だけここに塩を盛ってください」と言うのだ。

 私はその日の夜、店長にその事を告げて「どうしましょうか?」と聞いてみた。すると店長曰く、「やってみよう」と言う。どうやら店長自身もその棚の事を怪しく思っていて、時折その棚から商品がポロポロと落ちて行く瞬間も目撃していたらしい。

 その夜から、私と店長とで盛り塩を行う事にした。夜は私が盛って、早朝は店長がそれを片付けると言う手筈だった。

 そしてその効果はてきめんだった。三日もするとその棚からは何も落ちなくなったのだ。

 だが今度は全く別の棚で同じ事が起きた。それは珈琲と紅茶のコーナーで、やはり同じように、気が付けば商品が床に落ちているのである。

 そしてその棚に盛り塩をすると、すぐにそれは収まるが、今度はまたそれが別の棚に移るだけ。「お酒の棚なんかで“アレ”を起こされちゃ困るよなぁ」と、店長も困っていると、いつか私に忠告してくれた女性のお客さんの姿を店内で見掛け、私は咄嗟に呼び止めた。

「相談があるんですが」と、それ以降の怪異を告げると、その女性は「本体がこの店のどこかにありますよ」と言うのだ。

 深夜、店の従業員が全員帰った後、その女性――Mさんは店に来てくれた。そうしてMさんを筆頭に、私と店長とで店の中を探索して行くと、「あぁ、あれだ」と、Mさんは従業員の更衣室のロッカーを指さす。そうして彼女が向かったのは、名札の無いロッカーだった。

「ここは?」と店長が私に尋ねる。「私も記憶が定かではないのですが」と前置きし、数ヶ月前に辞めて行った若い女性従業員が使っていたものだったと思うと返答した。

 おそるおそる開けてみる。すると中は空っぽで、その網棚の上に一つだけ、食玩のおもちゃかガチャポンの景品だろう小さなフィギアが一つ、転がっていた。

 Mさんが手を伸ばしてそれを拾い上げる。「あぁ、この人だ」と、彼女は言う。

 見れば確かに言われた通りの格好で、デフォルメされた小太りの中年女性がお腹を出して、ジャージ姿で寝そべっていると言うやけに“ぐうたら”な人形だった。

「これは私が処分します」と、Mさんはそれを持ち帰り、それっきり店での怪異は無くなった。だがそれまでの一連の怪異については、全く良く分からないままだった。

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