#292 『厄除けの湯』

 私はいわゆる“霊感”と言うものが他の人よりも若干だけ強いらしい。人に取り憑いている霊と言うものを、時々見掛ける事があるからだ。

 ある時、友人のFと逢う機会がありとても驚いた。彼女は背中に女性の霊を取り憑かせており、その身体を引き摺るようにして歩いて来たからだ。

 しかもその取り憑かれ方がとても変わっており、女性の霊の首だけがそのFの背中にめり込んでいて、肩から下は背中からずるりと垂れ下がっており、その足はと言うとやけにだらしなく地面に着いた状態で引き摺られているのである。

「最近どう? 体調とか悪くない?」私はFを心配して遠回しに質問してみた。

「なんかちょっとつらいんだよね。やけに肩が凝るし、下腹部の痛みも凄い」と、Fは言う。

 肩の凝りは分かる。だが下腹部の痛みまでは分からない。

 そうしてしばらくお茶をしながら会話を続けていると、「そうだ、今度温泉行こうよ」とFが言う。なんでも知り合いに紹介してもらった温泉がとても健康に良いらしく、一度行ってみたいと言うのだ。

 結局、その次の週の土曜日に行く事を決めて別れた。そしてその当日。温泉に着き、お互いに脱衣所で服を脱いでいる時に察した。例の背中に憑いている女性の霊なのだが、めりこんでいて見えない首の部分が、なんとFの下腹部から飛び出ているのだ。

 なるほど、下腹部の痛みはこれか。どうでもいいけど、こいつどれだけ首が長いんだよと、私は心の中で悪態を吐きながら浴室へと向かったのだが、なんとその霊、Fが湯に浸かった途端にやたらと手足をばたつかせ、苦しみ出したのだ。

 おっ、効いてる効いてると思ったのも束の間。私達の近くで湯に浸かっていたおばさん達が、「のぼせちゃう」と言って出て行こうとしているのだが、Fの背中に憑いている霊が必死に手を伸ばし、そのおばさんの一人の足に絡みつきながら、一緒に湯から出ようとしているのだ。

 それはなかなか気持ちの悪い光景だった。Fの背中からずるりと長い首が抜け、そしてその霊はおばさん達にも憑いて行けず、ただだらしなく湯の上で漂いながら苦しみ悶えていると言う姿。私はFを誘って、「露天風呂の方に行こうよ」と促した。その湯の上でだらしなく広がっている霊を見ながらでは、くつろぐ事も出来なかったからだ。

 しばらくして戻ってみると、既に霊の姿はどこにも無かった。溶けたか、他の誰かに憑いたのだろうと思った。

 後で知った事だが、お湯の効能に“厄除け”と言う項目があった。

 なるほど、効く事は実証されたなと私は思った。

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