#287 『運び込まれる』
これは#107の“呪い返し”を語ってくれた、多恵子さんと言う女性の体験談である。
――私が学生だった頃の話。一駅向こうに出来た新しいスーパーマーケットでアルバイトを始めた。
入ってすぐに新人研修が行われたのだが、真っ先に教わったのが、「終業後の品出しの際、店内にお客様の姿を見掛けても声を掛けない事」と言う妙なものだった。
私はもっと具体的に教えて欲しいと訴えたのだが、「多分、あなたには関係しない事だと思うから、今のは聞き流して」と返されたのだ。
だが、初日からその言葉の意味が分かった。時折、店内を妙な人がうろついているのだ。
それは明らかに“人ではないもの”であり、一見して生気と言うものが欠けている存在だった。
その晩は、閉店を待たずにアルバイトは終わり、家へと帰った。
だが帰ると同時に祖母に引き留められ、「一回、家から出ろ」と追い出された上で、頭から塩を振られた。
「お前、どこでアルバイト始めたんだい」と聞かれ、私は素直に答えた。
聞いて祖母は、「なるほどね」と頷く。
翌日、仕事中に小さな事件が起こった。店内の倉庫の方で不審者が見付かったと言うのだ。
私もそっとその様子を伺いに行けば、それは私の祖母で、私の顔を見るなり、「あら、多恵子ちゃん」と笑うのだ。
どうやら祖母は、こっそりとその店の倉庫に忍び込んだらしく、しかもボケた老人の振りをしてその場を切り抜けようとしているのだ。
結局、祖母の無断侵入は軽い注意だけで済んだ。むしろお孫さんを訪ねて来るなら、店員の誰かに声を掛けてくださいねとまで言われていた。
夜、「あの店は駄目だね」と祖母に言われた。どう言う意味かと聞けば、完全に店の中に“こびりついている”のが数体いるのだと言う。
「何代か前のオーナーだろう人が、あの店に遺体を持ち込んだ“跡”がある」とまで言うのだ。そしてその遺体の主が、どこにも行き場が無くてあの店に留まっているのだと説明してくれた。
「もうあの店は辞めなさい」と言われ、「それは困る」と返せば、祖母はしばらく困った顔をした後、「なんとかしようか」と呟いた。
翌日の仕事中、事務所に呼ばれて行ってみれば、またしても祖母がそこにいた。
そして祖母はボケた老人の振りをしながら、「片付いたからねぇ」と、飄々とした顔で店を出て行った。
以降、確かに店内で妙な人影を見る事は無くなった。だが、祖母が店に何をしたのかまでは一切教えてはくれなかった。
その店はつい最近まで営業を続けていたのだが、近隣に経った大型チェーンの百貨店に押されて、無念にも廃業してしまった。
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