#283 『数える人』
朝、玄関を出ると門柱の前の段差に、小さな小石が二つ、並んで置かれているのが目に入った。子供の悪戯だろうと思い、僕はその石を蹴って門を出た。
翌朝、石は三つ並んでいた。僕はそれも蹴飛ばして会社へと向かった。
それから一週間が経ってようやく、僕はその並んだ石の存在に気を留めるようになった。と言うのも、石はその時々によって個数を変えており、むしろ石が並ばなかった日の方が多かったぐらいなのだから。
誰が、何の目的で、どうしてここに置いているのだろう。分からない事ばかりではあるが、それは今も尚続いているのだ。
僕がその石の数の意味に気付いたのは、それからたっぷり二ヶ月も経ってからの事だった。
その日はやけに石の数が多かった。正確に数えてはいないものの、十数個はあった筈である。そしてその日はかねてから計画していた異業種交流会に参加する日だったのだ。
夜、家へと帰って今日交換して来た名刺をテーブルの上に広げると、それは十四枚もあった。そこで初めて、「おや?」と思ったのだ。
これは石の数と酷似している? いや、だが石の数が名刺の数の訳が無い。今までだって得意先を回って一日で十枚を超える日はあった筈。それでも石の数はそこまで多くなかった。だが僕は次第に気付き始めていた。石の数は、その日に“他人に触れた回数”ではないかと。要するに、今回はこの名刺の数だけ“握手”をしているのだ。
翌朝、石の数は二個だった。そしてその日、僕はひたすらその事を頭から離さず注意深く自分の行動に注意を払えば、確かにその日に他人と接触したのは二回。上司に肩を叩かれて、一回。コンビニで買い物をした際に、釣り銭の受け渡しでレジの女の子の指先に少しだけ触れ、二回。要するにそんな計二回だった。
僕はその日以来、外で他人と触れる回数についてはかなり注意を払うようになった。
とある日の事、玄関を出て僕は驚く。門の前に、小石の山が出来上がっていたのだ。
その数たるや百どころでは収まらず、計三百はあろうかと言うぐらいのもの。そして僕は瞬時のその意味を理解した。
その日僕は、終業後に会社の後輩の女の子と食事に行く予定になっていた。
これはもう、食事だけでは済まない事になりそうだと期待満々で出掛けて行けば、昼過ぎにその後輩から、「彼氏に怒られたので食事行けません」と、あっさり断られたのだ。
仕方なく、僕は一人で飲みに出掛けた。そしていつも以上には飲んでいるなぁと思った辺りから記憶は無い。気が付けば僕は病院のベッドの上だった。
酔った挙げ句に、ろくでもない連中と大喧嘩をやらかしてしまったらしい。あちこちを骨折している上に、全身が青痣だらけになっていた。
そうして僕は、深い溜め息を吐き出し目を瞑る。小石の山の意味が、いまさらながらに分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます