#282 『眠りの女神』

 僕が二十五の誕生日を迎えた時だった。

 祖父に呼ばれて実家へと帰れば、何やら古めかしい木箱を渡された。

「開けてみろ」と言われて中を覗けば、それは綺麗な彫刻で飾られた一丁の拳銃だった。

 何でも、とある銃職人に作らせた世界に一つしかないものらしく、そのグリップ部分には子供を抱いた女神の像が彫られている。

 祖父いわく、「眠りの女神」と言う名の銃なのだそうだ。そして祖父は、それをお前に預けるから持って帰れと言う。

「どうして?」と理由を聞けば、「お前のお父さんの形見だ」と言うのだ。

 もうそれで全てを悟った。父はまだ僕が幼い頃に自殺をして亡くなっている。そしてこの拳銃こそが父の命を奪ったものなのだと。

 祖父は語る。この銃は呪われた銃で、今までにも十数人もの命を奪っているのだと。

 人を殺すためのものではなく、自ら命を絶つ用の拳銃。だからこそ付いたあだ名が、「眠りの女神」。なんとも薄気味悪い話である。

「これもらっちゃったら、僕まで自殺しかねないんでは?」と問うと、祖父は笑って「無理だよ」と言う。言われて確かにとは思った。その銃は祖父の手によって引き金を外されており、どうやっても動く筈が無い。

「お前に渡して大丈夫かを確かめたいんだ」と、祖父は言う。そして僕はそれを預かる事になってしまった。

 引き取った晩から、どうにもその銃の事が気になって、しきりに箱を開けたり、手に取ったりを繰り返す。怖いとかではなく、どこか愛おしいような感情を銃に持ってしまうのだ。

 その感情は日に日に強くなり、銃口を胸やこめかみに当てては悦に入るような行為ばかりを繰り返す。その内にはもうその拳銃と一緒に布団に入らなければ眠れなくなる程となってしまった。

 ある日の事、僕はその拳銃の完成形を見たいと思い、紛失した引き金部分をどうにか手に入れられないかと苦心した。

 拳銃の構造を書いた著書を手に入れ、分解し、その引き金部分の精密な図面を引いた。そうしていくつかの手製の引き金を作るには至ったのだが、結局どれも上手く作動はしなかった。

 ある晩の事、突然に祖父が家へとやって来て僕の行為を見咎め、銃を持って帰って行ってしまった。

 その時の消失感は物凄く、恋人に振られた時のような――いや、片時も離れず僕を守ってくれている母を失ったかのような絶望感を覚えたのだ。

 だが三日もすれば気持ちは冷めて行き、一週間が過ぎた頃には、「一体何をしていたんだろう」と、自分の奇行を思い出しては責めるぐらいにまで回復していた。

 確かにあれは危険な銃だったと、僕は思う。そしてあるクリスマスの夜、実家へと帰るとそこには祖父もいた。そして見てしまったのだ。祖父の首から掛かるペンダントの先には、僕が苦心して作ろうとしていた例の銃の引き金部分がぶら下がっていた事を。

 そうしてまた急激に熱が込み上げて来た。どうしてもあの引き金が欲しい、銃が欲しいと。

 ある晩、祖父が急死した。僕はこれが最後のチャンスだとばかりに祖父の家へと向かい、「大事な祖父の形見だから」と、泣きつくようにしてそのペンダントを手に入れた。

 だが今度は銃の方が見付からない。さんざ頼み込んで家の中を探させてもらったのだが、どうやっても例の木箱は見当たらなかったのだ。

 今以て引き金付きのペンダントは僕の手元にあるが、例の銃だけは果たしてどこへと流れて行ってしまったのか、不在のままだ。

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