#281 『地下室に棺』
引っ越した先の家で、大量のビデオテープを見付けた。
その部屋は、一見して見付かるような場所ではなかった。二階の廊下を進み、床に少々傷の入っている場所で梯子か脚立を使い、不自然な天井板を外すとそれは現れる。大きさはさほどでもない、天井裏の隠し部屋だ。
テープは段ボールの箱に入って置かれてあった。ラベルを見れば1992年から始まり、1999年で終わっていた。
私はそれを家族に見付からないように降ろし、妻も子も寝静まってから中身を確認した。何故なら、どこか犯罪めいた匂いを感じ取ったからである。
一番日付の古い1992年のものから始めると、とても画質の荒い画像の中に、小さな女の子が登場した。私はすぐに幼女趣味の変質動画かと思ったのだが、実際はそうでもなかった。ただ、カメラの手前にいるのだろう男性の声が話し掛け、それに女の子が答えると言うだけのもの。しかもその女の子が「ダディ」と呼んでいるのを見ても、ただ父親が娘の記録映像を撮っているだけにしか思えない。
テープの巻数が進んで行くと、女の子がバイオリンの演奏をしたり、歌を披露したりするシーンもあった。これは私の思い違いかなと思っていると、当然とある映像から女の子は映らなくなり、変わりに画面には女の子とほぼ同じ大きさの人形が登場していた。
但し、女の子は不在ではなかった。画面が人形を映しているだけで、いつも通りに父親とその女の子の声だけは入っているのだ。
退屈な画像が続いた。巻数が進んでもやはり女の子は画面に現れない。そうしてとうとう最終巻の1999年のラベルとなった。再生してみると、それもやはり人形を映すだけの映像だったのだが、そこに女の子の声は無かった。代わりに父親のものだろうむせび泣く嗚咽の声だけが録音されており、そして画像はそれで終わった。
気が付けば既に朝になっていた。気配を感じて振り向けば、いつ起きて来たのだろう十歳になる息子のケヴィンが立っていた。
慌てて、「やぁ、早いね」と挨拶すれば、ケヴィンは画面を指さして、「あの人形、知ってる」と言うのだ。
どこにあったのかと問えば、息子は今度は床の方を指さして、「地下」と答える。前の住人が置いて行ったのだろうがらくたの山に混じり、小さな木箱が置かれていて、その中に入っている人形がまさにそれだったと言う。
私はすぐに勘付いた。深夜、時折、家のどこかで聞こえる小さな足音は、まさにその人形のものだったのだろうと。
「でも私は、ホラー映画に出て来る間抜けな父親役ではないからね」と、語り手のエディはそう言って笑う。
エディは息子の話を聞いた後、すぐにビデオテープを地下目掛けて放り投げ、ドアを施錠し、コンクリートで塗り固め、最後はそこに壁紙を貼って「最初から地下など無かった」事にしたと言う――
「ただちょっと、おかしいんだよ」と、エディは声をひそめる。
それ以来、時折その壁の向こうから、小さなノックの音が聞こえる事があるのだと。
僕はそれを聞いて、「向こう側で人形がドアを叩いているのでは?」と聞けば、エディは苦笑しながら「有り得ない」と言う。
最後にあの地下には誰も入れないよう、ドア向こうの階段もステップも壊した上で下へと落とした。したがってもうあの地下には降りる事も登る事も出来ない筈だと言うのだ。
ある日の事、息子のケヴィンが怖い顔をしてエディに詰め寄ったと言う。「あのノック音、廊下側からしてるよ」と。
それからすぐにエディはあの家を引き払った。但し、地下の存在は隠したままだと、笑いながら私に語った。
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