#280 『嵐の夜』
珍しい海外の怪談を、今夜より三話程お送りする。
――我が家は、風の強く吹く日に限ってやたらとうるさい。
それは築年数が五十年を超える古びた家屋であったが、まだまだ丈夫で外観も綺麗だった。
おそらくは建てた人のセンスが良かったのだろう、外に限らず家の内部も、随所にその美しさが見て取れる家であった。
ただ一つ問題なのは、台風や嵐の日など、風の強い日に限ってやけに家の中がうるさくなるのだ。
まず足音が聞こえる。家中どこからか、バタバタ、ドタドタと、複数人の足音が轟き出す。
次に話し声。とても不明瞭で何を話しているのかまでは分からないが、ひそひそと囁き合う声が聞こえて来る。
他には物を叩く音や、何かを引きずる音。生木が裂ける音などが聞こえて来る。
妻とこの家に越して来て早五年になるが、今以てその理由が分からない。雨や雪などでは何も起こらず、ただ風の強い日にだけ起こる現象だった。
ある休日の事、見ず知らずの老人男性が家を訪ねて来て、「おかしな事は起こっておりませんか?」と聞くのだ。
見た目、温和で害は無さそうな老人だったので、「嵐の日以外は何も起こりません」と答えてしまった。
老人の顔つきが変わる。そして、家の中を見せて欲しいと来る。
私はそれを断るも、「屋根裏だけでいい」と言って、その老人は建物の裏手へと回る。
「この家の事を知っているのですか?」と聞けば、「建てたのは私だ」と、その老人は答える。そして裏手にあるドアを指さし、「開けてもらえるかね」と言われ、私はそこを解錠した。
思えばそのドアは、越して来て以来一度しか開ける事のなかったドアだった。
そこから入っても家の中には向かえず、ただ長いらせん階段を登り、殺風景な部屋が続く屋根裏部屋へと出るだけのドアであった。
老人は屋根裏へと出ると、明かり取りの光を頼りに廊下を進み、何も無い壁の前で立ち止まる。そしてその壁をぐいと押せば、軋んだ音をさせてその壁が開いたのだ。
その壁の向こうは小さな部屋だった。向かいにぽつんとカルトめいた印象の祭壇が置かれており、老人は歩み寄ると、「窓が割れている」と、明かり取りの窓の一角を指さした。
風が、その祭壇を揺らしていたのだと老人は語る。そしてその老人の言いつけ通りに窓を板で塞ぎ、一緒に隠し戸も塞いでからは何事も起こらなくなった。
後で知った事だが、あれはこの土地に住んだかつての原住民の信仰する神の祭壇だったらしい。
そう言えばと思い出す。この辺り一帯は、かつての西部開拓時代、先住民族の大虐殺があった土地なのだと。
そして私はその家を離れ、今は日本に住んでいる。
例の家はコロラド州のとある場所に、今も現存すると言う。
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