#279 『窓の無い部屋で』
私は、就職と同時に実家を離れ、一人暮らしを始めた。
借りたのは少々不便な場所にある一戸建て。築年数はかなり経っているが、ワンルームマンションを借りるよりは多少安く、そして広々と使える事からそちらにしたのだ。
だが、安いだけの理由はあった。住んでみてすぐに困った事が起きた。夜になれば、浴室へと続く洗面所の窓の外に、人の影が立つのだ。
それは玄関から見て反対側。要するに家の裏手に当たる場所だ。磨りガラスなのではっきりとは見えないのだが、確実にそこに“誰かがいる”と確信出来る影がある。
窓はそこそこな高さがあるのでその人影は肩から上しか見えないのだが、外の街灯の明かりがその人影をくっきりとシルエットで写し出しているのだ。
「きゃあぁぁぁぁぁ――」と叫び声を上げ、居間へと戻ると私はすぐに警察へと連絡をした。
やがて警察の方がサイレンを鳴らして駆け付けて来てはくれたものの、当然の事ながら既にその人影は無い。それからと言うもの、しょっちゅうその人影はその窓に立ち、私を驚かせた。
「挟み撃ちしよう」と、相談を持ち掛けた友人のA奈はそう言った。もしもその人影が現れたら、家の左右から回り込んで挟み撃ちし、捕らえた所で警察を呼ぶと言う作戦らしい。
「私は怖いから嫌だ」と断れば、A奈は彼氏と一緒に行くから大丈夫だと言う。そうしてその週末、A奈は少々素行に問題のありそうな、軽薄っぽい感じの彼氏を連れて我が家へとやって来た。そしてその彼氏は、「別に挟み撃ちなんかしなくていいじゃん」と笑い、家の左手側に自分のバイクを突っ込ませ、通れなくした。後は、人影が現れたら俺がもう片側から回り込んでとっ捕まえると意気込んだ。
夜、いつも通りに人影は現れた。彼氏はスパナを持って裏手へと回る。そして聞こえる悲鳴。それはどう聞いても、今しがた血気盛んに裏へと向かった彼氏のあげる悲鳴だった。
翌日、A奈が、「これって事故物件なんじゃないの?」と不動産屋に問い詰めた所、曖昧に濁した後に、「外で亡くなった場合には事故扱いにならない」と、そんな言い訳をしたらしい。
結局、私は住む場所を変える事にした。何故か敷金礼金と、一ヶ月分の賃貸料が丸々私の所へと戻って来た。
あれから、A奈と彼氏は別れたと言う。彼氏は自分の家の窓を全て塞ぎ、何も見えないようにしてひっそりと暮らしているらしい。
あの晩、家の裏手で何を見たのかは全く話してくれないそうだ。
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