#277 『ヲマモリサマ』
F県K市に、座敷童の出る家があると言う。
そこは旅館でも民宿でもないのだが、知り合いの伝手のみで一泊させてくれるごく普通の民家である。
私は運良く友人に伝手があった。と言うか、その伝手である知人からその家を教えてもらい、「泊まってみない?」と誘われたのだ。
同行したのは私の友人のHと、その伝手であるOと言う地元の男性だ。Oさんは母屋の方に泊まるので、是非その座敷童の間には二人で泊まって欲しいと言われた。
そこのお宅はかなり大きなお屋敷だった。築年数は優に百年は超えていると言うのだが、おそらくは当時から豪邸と呼ばれていたであろうぐらいには豪華である。そして肝心の座敷童の間は、母屋から少し奥に位置する竹林の中にあった。
元は四阿(あずまや)のつもりで建てたのだろう小さな離れ座敷で、八畳ほどの真四角な建物。しかも壁と言うものは存在せず、四方全てが障子貼りの引き戸。要するに竹林とその庭園を望める茶室なのだと思う。見ればその畳敷きの床の中央には、蓋をされた囲炉裏までもがあった。
「ここで寝ますと、時折足音や子供の笑い声が聞こえて来るんですよ」と、そこの家の旦那さんは笑う。もしもその物音や声等が聞こえたら、それは吉兆の印なのだそうな。
やがて夜がやって来た。事前に運び込まれた布団を敷き、後はもう寝る以外は何もする事が無い。
「静かな夜ね」と、Hは言う。それは私も思った。もしかしたら周囲の竹林や木々が音を吸い取ってしまっているのか、逆に耳が痛いぐらいの静寂がそこにはあった。
怖い――と、自然にそう思った。いつどこにいても何かしらの音がする都会で暮らしている人間には、とても絶えられない静けさだったのだ。
私とHとで、どうしようかと顔を見合わせていると、突然どこからか「つぷり」と妙な音。どこから聞こえたのだと辺りを見回すと、背後側の障子紙の一部に、黒く小さな穴が開いているのを見付ける。
「あんなのあったっけ?」聞けばまたどこからか、「つぷり」と音がする。今度は反対側の障子紙に穴が開いていた。
誰かいる――と、思った瞬間だった。つぷつぷつぷつぷ――と、全方向から一斉に、何十、何百と言う指の先が障子紙から現れ、次々と穴を開けて行く。私とHはお互いにしがみつきながら、「ぎゃあぁぁぁぁぁ――」と、尋常ではないほどの悲鳴を上げた。
家の旦那さんと、Oさんは、すぐに駆け付けて来てくれた。そして私達二人は、結局母屋の方で寝る事となった。
翌朝、皆で離れ座敷を見に行った。障子紙は穴が開いているどころか見事に全て破られ、そこいらじゅうに紙吹雪となって散らばっていた。
「申し訳ないが、あなたがたはもうここには来ないでいただきたい」と、旦那さんに言われた。
後でOさんに聞いた話であるが、座敷童は家を、“私達”から守ったのだと言う。
ちなみにその地方では、座敷童の事を“ヲマモリサマ”と呼ぶ。災いから家を守る、そんな精霊らしい。
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