#275 『閉じ込められる』
私は某レストランでウエイターをしている。
ある時、妙な現象に巻き込まれて店の中で死にかかった事がある。
厨房にて注文を告げて、フロアへと戻ろうとした時の事だ。突然大声で名前を呼ばれて振り返ると、シェフも務めるオーナー店長が私の顔を見て、今すぐ冷蔵庫からメカジキを取って来いと言うのだ。
その時は、珍しい事もあるものだと思った。オーナーは役割分担にはとてもうるさい人で、普段はそんな無茶は言わない人だし、言わせる事もしなかったからだ。
だがそこまで急を要する事態なのだろうと察し、私は店の奥の大型冷蔵庫へと急いだ。
冷蔵庫とは言え、それはもう規模的にコンテナぐらいの大きさである。私はレバーで鉄製のドアを開け、中へと踏み込んだ。
吐く息白く、ぞくりと冷気が肌を粟立たせる。メカジキを入れたトロ箱はすぐに見付かった。私がそれを担ごうと身を屈めた時だ。背後でゴンと音がして、扉が閉まる。同時に外から中の照明を消された。
一瞬、誰かの悪戯かと思った。私は暗がりの中をなんとかのろのろと入り口まで近付き、「開けてくれ」と足で扉を蹴る。だが外からは開けてくれるどころかなんの応えも無い。
二度、三度と蹴り、「急いでるんだ!」と叫ぶも、全く扉を開けてくれる気配が無いのである。
流石にまずいと思った。その冷蔵庫の中の気温は確かマイナスの五度程度。そこに閉じ込められると、緩やかに体温が奪われて死に至ると聞いた記憶がある。
もはや恥も何も無かった。ガンガンと扉を蹴って、あらん限りの声で叫んだ。
結局、十五分ほどそこに閉じ込められた後、食材調達でやって来た他のシェフに見付かり、唇を紫色にした私はなんとかそこから抜け出す事が出来たのだ。
私はすぐにオーナーに食って掛かる。だがオーナーは、不思議そうな顔をして、「そんな事は言ってない」と言う。それどころか、私が閉じ込められていた間、私はちゃんとウエイターとして仕事をしていたらしい。それは店内の誰もが、そう証言をしている。
それから少しして、冷蔵庫の内側から押せる救急ボタンが設置されたのだが、それが活用されない事を願うばかりである。
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