#272 『五分遅れの僕へ』

 目覚まし時計が遅れるのである。

 生来、寝起きは悪い方だ。したがって目覚まし時計が無ければ絶対に起きられない自信がある。

 僕の布団の枕物にはダイヤル式の目覚まし時計。かなりの旧式なものだが、そのけたたましいベル音に惚れて買ったものだ。だが、古いだけあって良く遅れる。しかも毎日毎日、律儀にもきっかり五分だけ遅れてくれるのだ。

 起きる時間は少しだけ余裕を持たせているので五分遅れはそれほど困らないのだが、毎晩寝る前に時刻を戻さなくてはいけないと言う作業が煩わしい。

 だが不思議と、休日の朝だけは遅れる事なく動いているのである。その辺りがどうしても不思議な事であった。

 ある晩、その時計の遅れの原因が分かった。

 何故かその晩はとても寝苦しく、布団に入ってもなかなか寝付けず、いらいらとしながら寝返りを打つばかり。時計を見れば既に深夜の二時を大きく回っている。

 こりゃあ明日はずっと眠いだろうなと覚悟をしていると、突然枕元で目覚まし時計のベルが鳴る。

 慌てて飛び起き時計を見れば、時刻はちょうど午前三時。どうしてこの時間に鳴り出すのだと不思議に思っていると、その時計の裏側からぬっと人の手が伸び、けたたましく鳴り響く時計を掴んで自らの方へと引き寄せる。

 何事だよと、僕は身を起こす。するとそこには、“もう一人の僕”がいた。

 それはまるで鏡映しの世界のようで、時計を挟んだ向こう側はまんま反転した僕の部屋。しかも僕と同じように向こう側の僕も畳の上に敷いた布団の上で、寝ぼけまなこで時計を睨み、ぼやいている。

「後……五分だけ」

 言って、向こう側の僕は時計の針を操作し、再びばたりと力尽きて倒れ込んだ。

 要するに、毎晩時計の針が遅れる原因は、僕自身にあったのかと理解する。そして僕はその腹立たしさに、うつ伏せで寝る僕の頭を平手で思い切りひっぱたいた。

 翌朝、ぱぁんと凄い音をさせて僕の頭がひっぱたかれた。何事かと思って起きれば、五分遅れのいつも通りな起床時間。

 ひっぱたかれた後頭部がじんじんと痛かったのだが、思った通りに部屋の中は僕一人で、何があったのかはまるで分からない。

 昨夜のあれは、夢だったのかな。思いながらぼうっとしていると、頭上でけたたましく目覚まし時計のベルが鳴り響きだした。

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