#268~269 『廃村飲み』

 これは僕がまだ高校生だった頃の話だ。

 当時、僕はあまり素行の良くない先輩二人と良くつるんでいた。三歳年上の鳥羽先輩と、二歳年上の水上さんだ。ちなみに鳥羽さんは諸事情で一年の留年があるので、一歳年上ながらも水上さんとは同期だったらしい。

 二人は既に社会人だったので、車も免許も持っていた。ある日僕は鳥羽先輩に呼び付けられ、今夜飲み会をするから何か酒を買って来いと命令された。仕方なしに缶ビールを数本持って鳥羽先輩の家へと行くと、既にそこには水上さんもいて、僕と同じ年だと紹介された他校の男子が二人いた。

 僕らは車二台に分れて乗せられ、山道を登る寂しい場所へと連れて行かれた。

 そうして長い距離を走り辿り着いたのは、噂にだけ聞いた事のある山奥の廃村だった。

「今夜はここで飲み明かすぞ」と、鳥羽先輩はタープやテントを張り巡らせ、まだ陽も落ちない内にキャンプの準備を始めていた。

 テントを張った場所は、崩れ掛かった民家が数軒立ち並ぶ、庭のような場所。鳥羽先輩は、「夜中なったら一人ずつ肝試しやっからな」と、強い酒を呷りながら息を巻いている。

 やがて、陽が落ちて辺りが真っ暗になる。と同時に、来た時からずっと「頭が痛い」と言い続けていた他校の男子の一人が、激しい嘔吐をしながら倒れ込んだのだ。

「さすがにヤバいんで、俺が連れて行きますよ」と、水上さん。元より水上さんは全く酒を飲まない人だったので、自分の車にその男子を乗せてさっさと山を下りて行ってしまった。

 残されたのは、既に泥酔口調の鳥羽先輩と、他校の男子のもう一人と、僕と言う計三人だけ。辺りはもう完全に暗闇で、目の前の焚き火が無ければ完全な闇しか無いのである。

 やけに風の強い夜だった。辺りの木々が突風で寂しい音を奏でている。周辺の民家も同じで、まるで人がいるかのように軋み、扉を叩く音がする。もうこうなって来ると鳥羽先輩もさすがに怖いらしく、「一人ずつ肝試し」と言っていた事など今更話にも登らせず、意味も無い学生時代の武勇伝を大声で話すばかりだった。

 当時はまだスマートフォンどころか携帯電話と言うものすら存在しなかった時代である。「水上の野郎、おせぇなぁ」と愚痴るも、連絡の取りようも無い。仕方なしにまだ夜の八時だと言うのに、早々と就寝になる。僕ら二人は寝袋も毛布も無いテントに雑魚寝で、鳥羽先輩だけは暖房の効いた自分の車で寝ると言う。

 テントの中は想像していたよりもずっと寒く、これは寝てしまったら死ぬのではないかと言うぐらいに冷え切っていた。

 少しして、車が走り去る音が聞こえて来た。慌ててテントから顔を出すと、既に遠くなった鳥羽先輩の車のテールランプが見えるだけ。僕らは、「やられた」と愚痴りテントの中に引っ込む。

 とりあえず我慢だ。朝になれば水上さんがきっと来てくれるものと信じ、僕らは二人、体裁も構わずゴミ袋を着込んで夜明けを待つ事にした。

 だが、いつまで経っても時間は進まない。時計を見ればまだ夜の十時。身体を温めるつもりで強い酒を舐めるも、なかなか効果は現れない。そうこうしている内に、どこからか人の声がし始めた。

「おぉーい……おぉーい……」と、誰かを呼ぶような声。そしてテントの近くを歩き回る数人の足音。

「誰かいるよな」と、お互いに小声で言い合うが、外を見て確かめる勇気はまるで無い。

 その内に、先程まで焚き火をしていたその周辺で、僕らの荷物を漁っているであろう音までもが聞こえて来た。距離にして僅か一メートル足らず。それでも僕らは息を殺して身を潜める。さっきまでは寒くて震えていたと言うのに、今はもうとめどなくこぼれ落ちる汗を拭く余裕も無い。

 そうして何時間そうしていたのだろう。急にテントがパッと明るくなり、タイヤが砂利を踏む音とけたたましいクラクション。そして僕らの名を呼ぶ水上さんの声を聞き、二人で弾けるようにしてテントから飛び出た。

 僕らは水上さんの運転する車の中で、恥も忘れてわんわんと泣きじゃくった。

 その晩は、水上さんの家に泊まった。翌朝、飲酒運転で事故って山中の道から車ごと転げ落ち、亡くなった鳥羽先輩の訃報を聞いた。

 それからしばらく経った後、頭痛が酷くて帰ってしまった同級の男子から、妙な話を聞いた。村に着いてからと言うもの、得体の知れない黒い影が何体も、鳥羽先輩の周囲に漂っていた事を。

「本当ですか?」と、僕が水上先輩に聞けば、「俺も見た」とそう返す。

 水上さんが見たのは、僕らを迎えに村へと行けば、そのテントの辺りをうろうろと漂っている黒い影だったそうだ。

 もしかしたら、あのままテントで夜を過ごしていたら、僕達二人も鳥羽先輩のようになっていたのかも知れない。

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