#267 『実家の天袋』
まだ僕が幼かった頃から、正月やお盆で母方の実家へと帰ると、決まって見る夢があった。
それは浴衣を着た男性がしきりと僕に話し掛けて来ると言う夢。男性は全く知らない人で、口ひげを蓄えた彫りの深い顔をしている。
その男性は言葉にならない言葉でしきりに僕に話し掛けるのだが、僕にはそれが全く通じず、いつも徒労に終わる夢だ。
その夢は、僕が十七になるまで続いた。そう、僕がその年になってようやく、夢の中でその男性との意志の疎通が出来たからだ。
男性は相変わらず言葉にならない言葉で僕に訴え掛けるのだが、彼が指さす方向に何かがあると言う事だけは気が付いた。
目が覚めて理解する。夢に出て来る家はまさにその母方の実家そのもので、彼が指さすのはその家のとある部屋の一角であった。
僕は祖母に断りを入れ、その部屋へと向かった。そして男性が指さした方向には、押し入れの上に位置する天袋があった。
一緒に付いて来た母と祖母は、「お父さん(僕にとっての祖父である)が亡くなって以来、全く開けていない場所」なのだと言う。
勇気を持って開けてみれば、様々な古めかしい書類やら小物が並んでいたが、その中に一つ、赤いリボンの付いた小さな箱があるのを見付けた。
開けてみればそれは、祖父が、祖母に宛てたプレゼントの様で、中には古めかしいタイプの女性用腕時計が入っていたのだ。
後で分かった事だが、祖父は、祖母の誕生日の数日前に急逝していた。きっと当日に渡そうと思ったまま、渡せなかったものなのだろう。
夢の内容はそれでほぼ理解出来たのだが、一つだけ疑問なのは、僕の夢に出てきた男性の姿と、当時の祖父の写真を見比べても、全く別人であるかのように似ていない所である。
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