#258 『ケイブダイビング』

 メキシコのユカタン半島に、セノーテと呼ばれる水中洞窟がある。

 その数、現在までに見付かっただけでも三千五百カ所。調べればもっとあるのではとさえ言われている。

 僕は日本人ながらもそのセノーテの調査隊に属している。ある時、まだ完全には調べきれていない洞窟への調査が決まった。

 背負うタンクは一本で、時間にして約四十分。その間に行って戻って来なければならない。僕は地底に溜まった泥を跳ね上げないようにしながら、そっと静かに水中を進む。

 穴はいくつか枝分かれをしていた。その内のいくつかは既に調査済みなので、僕はまだ未開である方の穴へと進む。

 穴は途中で右に大きくカーブをしていた。そしてそのカーブを曲がった所で、僕は思わず悲鳴を漏らす。突然、目の前に人が現れたのだ。

 見ればそれは僕と同じ調査隊の人のようで、少々旧式な装備に身を包み、向こうもまた僕を見て驚いている。

 実は未開のセノーテで人とかち合う事はそんなに珍しい事ではない。調査隊はいくつも存在しているし、個人で潜る人もいるのだから、時々こんな場面に遭遇したりするのだ。

 どうやら向こうは白人さんらしい。大きな体躯の男性だ。その人はしきりに身振り手振りで、「逆の入り口から来た」と教えてくれる。なるほど僕はこっちから来たと返すと、その男性は「じゃあそっちから出てみるよ」と言った感じの仕草で、今僕が来た方の穴へと向かって行く。

 その男性を見送り、じゃあ僕はその男性が来た方へと進もうかと思ったのだが、タンクの残量を見ればもうそろそろ折り返さなければいけない程のものだった。

 一瞬、葛藤した。戻るべきか、進むべきかと。進んだ所で、今来た男性と同じように別の穴から出るだけである。それほど危険は感じられない。だが心のどこかで危険を感じた僕は、男性の後を追うようにして今来た穴を戻った。

 水中から顔を出すと、仲間達が笑顔で迎えてくれた。僕は咄嗟に、「白人の人が来ただろう?」と聞くが、誰もが「いいや」と首を振る。

 思わず背筋が凍った。あの男性は別の穴の方へと進んでしまったに違いないと。

 すぐにスペアのボンベを背負い、もう一度潜る。極力、枝分かれした穴の方をライトで照らしながら進む。やがて例の白人男性と出会った場所へと辿り着いた。

 ふと、そこで疑問が湧く。僕は意を決してその奥の方へと進んで行けば、思った通り大きなカーブのその向こうに、スーツに身を包んだままの白骨死体があった。

 僕はその遺体の手を引き、出口へと戻った。そうして無事に遺体は回収したのだが、良く良く考えれば、「こいつは僕を道連れにしようとしてたよな」と思い出し、少々腹が立った次第であった。

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