#251 『遅れて来た彼女』

僕の彼女には、少々変わったクセがある。

いや、クセと言うよりは特技と言うか能力と言うか、とにかく普通ではありえないような現象が、彼女の周りで時々起こるのだ。

最初にそれに気付いたのは、付き合い始めて二ヶ月ほど経った頃だった。一緒に街中を歩いていて、ふと僕が後ろを振り向いた時だ。遠くに彼女と同じ服装、同じ背格好をした女性が歩いているのを見掛けたのだ。

他人のそら似だろうと思った。だがどこへ行っても付いてくる。振り向けば遠くに、その女性がいるのが分かる。

「変な人がいる」と、僕が振り向きながらそう伝えると、彼女は至って普通に「あれ、私だよ」と言うのだ。

「どう言う事?」聞けば、「そのままの意味よ」と、不機嫌そうに言う。なんでも彼女は、少し遅れて付いて来る自分自身がいるらしい。但し、常に一定の距離を保っているせいで、そのもう一人と遭遇した試しは無いと言う。

それ以降、僕もその現象には慣れてしまった。面白い事に、遅れて来る彼女はいつも本人と同じ服装をしているのだ。

「僕、ダッシュで戻って行って、逢って来ようかな」と、冗談めかして彼女に言った事がある。すると彼女は途端に怒り出し、「そう言う真似やめて」とヒステリックに叫んだ。

実はなかなかに彼女とはウマが合わない。彼女自体とても短気で我が儘な性格であり、自分の我を通そうと思うと瞬時に怒り出し、金切り声を上げる傾向がある。おかげで最近では別れ話もしょっちゅう会話の中に登っていた。

そう言えば――と、思う。彼女と喧嘩を重ねる毎に、付いて来るもう一人の彼女との距離が近付いているような気がするのだ。前は遠くに見えていたものが、最近ではその表情までもが見える程度にはなって来ている。

ある日、逢うなり口論となった時、駅の線路の上を渡る連絡通路の窓から、彼女がこちらを覗いているのが分かった。それはとても悲しそうな表情で、僕自身も胸が締め付けられる想いだった。

「もうこれっきりにしよう」と、とある映画の帰りにそう言われた。多分、僕が「うん」と言えばもうそれで終わりになるだろう予感はあった。実際僕も、彼女の短気にはうんざりしていたので、いい加減我慢しなくても良いだろうとは思い始めていた頃だ。

目の前の信号が赤になる。僕と彼女は交差点の前で立ち止まる。――突然、彼女は突き飛ばされたかのようにして車道へと飛び出して行った。

いや、実際には突き飛ばされたのだ。彼女はつんのめって往来で転げ、来た車の下敷きとなって消えてしまった。そして僕はおそるおそる、その突き飛ばしたであろう僕の横に立つ人の顔を見た。

それは、彼女だった。多分だが、いつも遅れて付いて来るもう一人の彼女だ。

彼女はまるで何事もなかったかのように髪を掻き上げ、「どこかでお茶して帰る?」と僕に聞いた。

彼女とは今も仲良く付き合っている。彼女はあの時の事を何も言わないので、僕も見なかった事にしている。今度の彼女とは、とてもウマが合いそうな気がした。

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