#247 『サゲン様』

 我が家には、「サゲン様」と呼ばれる“何者か”がいる。

 おそらくは男性である。おそらくと言うのは、そのサゲン様は常に顔を隠していて、はっきりと全体像を確認出来た事が無いからである。

 どうやらこの家を守っている神様らしいのだが、実はなかなか薄気味悪い。

 灰色の長襦袢を着込み、いつもどこかの部屋で礼儀正しく正座している。但しその胴から上がやたらと長く、肩などはほとんど天井近くまであるのだ。従ってその顔はいつも欄間(らんま)の部分に隠れて見えない。

 見掛けるといつも、僅か一瞬でいなくなる。目を離してまた戻すと、既に消えて無くなっているのだ。やけに恥ずかしがり屋の神様である。

 ところでそのサゲン様。私以外は家族の誰もが見えていない。

 不思議なのは、かつて私に、「サゲン様だよ」と教えてくれたのが一体誰なのかが全く分からない事だ。誰にも見えていないのだから、誰も私にその存在を教えられる筈もないのだが、確かに私がまだ幼かった頃に、「サゲン様はこの家を守ってくれている神様だよ」と、横に立って教えてくれた“誰か”がいた筈なのだ。

 私は時折、家に誰もいない時を見計らい、「サゲン様」と、呼び掛ける事がある。そうするとサゲン様は嬉しいのかどうかは知らないが、ゆらりゆらりと前後左右に揺れてみせるのだ。

 サゲン様はしゃべらないけど意思の疎通は出来るのだと気付いた私は、無理を承知で聞いてみた。昔、私にサゲン様の事を教えてくれたのは誰なのかと。

 するとサゲン様の腕がゆるゆると伸びて持ち上がる。そうして最初に私を指さし、すっとその指が真横に逸れた。私はその指のさす方向をゆっくりと振り返る。

 すとんと、私の腰が畳の上に落ちる。“教えてくれた人”は、確かにそこにいた。

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