#246 『辿り着く記憶』
小学校の頃である。学校から帰ると、何故か家の中に両親と兄がいた。
僕は驚く。普段ならば全員、僕よりも帰りが遅い筈なのである。
家の中には異様な雰囲気が漂っていた。何がどうと説明する事は出来ないのだが、肌で感じる異質さがそこにあったのだ。
「誰かに尾行されなかったか」と、僕よりも十歳年上の大学生の兄が聞く。僕にはその言葉の意味が分からず「いや」とだけ返事をすると、「早く支度しろ」と急かして来る。
何を支度するのだと聞き返せば、いいから大事なものだけ鞄に詰めて来いと言う。
全く理由も分からないまま、僕は部屋へと向かい、遠足用のリュックに宝物を詰め込み始めた。とは言え、子供の価値観での大事なものである。内容としては目覚まし時計にモデルガン。ウルトラマンのソフビ人形などである。
リュックを背負って階下へと戻ると、兄と両親は廊下の奥の方で手を振って僕を呼んでいた。皆は背を低くしながら裏口を出て、破れた垣根から外に抜け、その先の石段を登って行くのだ。
僕にはその行動の意味がまるで分からなかった。だが、全員がとても慌てていて、そして真剣である事だけは覗えた。親父は。前もってそこまで回していたのだろう自家用車のドアを開け、乗り込んだ。全員がその後へと続けば、車は凄い勢いでそこを離れ、どんどん家から遠ざかって行く。
夜遅くになって、母親が事前に握っておいたのだろう握り飯が振る舞われた。
僕は冷えたおにぎりを頬張り、水筒の水でそれを流し込む。それを食べつつ、なんとなくだが、もう二度と家には帰れないだろうなぁと言う予感だけはあった。
夜を越え、辿り着いた先は、M県のとある漁村だった。親父はとある一軒家の庭先へと車を着けると、「今日からここが我が家だ」と言う。築年数は聞きたくもないぐらいに古くさい、木造平屋の掘っ立て小屋みたいな小さな家だった。
僕はその家へと上がり込み、ようやく「逃げて来たんだ」と理解した。そうなればもう覚悟は決まったようなもので、頑張ってここで暮らそうと、僕は幼いながらにそう心に誓った。
翌朝、目が覚めて驚いた。そこはまさに夜逃げをする前に住んでいた家の自分の部屋で、階下へと降りれば朝食の支度をしている母と、テレビを眺めている父と兄の姿があった。
「どうしてここに?」と、我ながらもどかしいぐらいに語彙力の足りない質問をすれば、想像した通り誰もが、「何が?」と聞き返して来る。
結局、前の日の夜逃げはまるで無かった事になっていた。学校へと向かえばいつもの通りで、家に帰っても普段と変わらない当たり前の日常がそこにあった。
ただ一つ、僕があの日にリュックに詰めて持ち出した宝物が、そっくりそのまま無くなっていた。どこをどう探してもそれらは見付からず、不思議と言えばとても不思議な出来事だった。
それから数年が経ち、修学旅行で関西方面へと向かう事となった。
行く先はM県の港町。誰もが「つまらねぇ」とぼやきながらの旅行だったのだが、自由行動の際に僕は自らの目を疑った。その景色に、何故か見覚えがあるのだ。
どうしてだろう? いつこの風景を見たのだろう? 思いながら呆然と歩き出せば、とある木造平屋の一軒家の前で足が止まる。
「ここだ」と、思った。かつて一夜だけ泊まった家がここだと、瞬時に思い出したのだ。
いても立ってもいられなかった。僕は一緒に来た同級生とはぐれ、その家の裏手へと回り込み、入り込めそうな場所を探す。
幸い、裏手の窓にひどいガタがあり、窓を外す事が出来た。僕はそっとそこから忍び込み、記憶のままにあの晩、泊まった部屋を探る。
リュックは、そこにあった。中を探ればそこには懐かしいかつての宝物で溢れかえっており、僕は問答無用でそれを持ち出した。
家へと帰り、家族全員がそれを信じてくれないだろう事を前提に、リュックを開いて見せた。何故か家族は一斉にそれを凝視し、そしてまた何事も無かったかのように振る舞う。だが僕は見てしまった。誰もが僅か一瞬だけ、とんでもないものを見てしまったかのような顔をした事を。
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