#244 『墓たがい』
出張先であるミラノまで、国際電話が掛かって来た。出るとそれは実家の親父だった。
「マユミが夢枕に立つんだよ」と、とてもつまらない話題に僕は溜め息を吐く。
マユミとは僕の母である。一週間前に急逝し、海外にいた僕は母の死に目どころか葬儀にすら参加する事が出来なかったのだ。
それは僕に対する皮肉かと父に問うと、そうではなく本当にマユミが夢の中に現れるのだと言い張る。どうやら親父の夢の中の母は、とても怒った表情で涙目になりながら父を睨み付けているらしい。
元より、とてもそそっかしく、考え無しに行動する父である。「何かやらかしたんだろう」と聞くが、「全く身に覚えがない」と親父は言うのだ。
十日後、日本へと帰国した僕は、自宅には寄らずにそのまま実家へと向かった。とりあえず仏間で焼香し、その晩はかつての自分の部屋のベッドで眠りについた。
真夜中に目を覚ます。母の夢を見たのだ。それは確かに親父の言う通りなイメージで、母は僕に向かって必死に何かを訴え続けている、そんな夢だ。
だが母は、一向に埒のあかないジェスチャーばかりで何かを伝えて来る。何かを開け、何かを取り出し横に置く。そんな動作ばかりを延々と僕に見せ続けるのだ。
「全く分からない」と僕はぼやき、結局はほとんど眠る事が出来ないまま朝を迎えた。
翌日、父と一緒に墓参りへと向かった。墓前で手を合わせていると、何故かやけに居心地が悪い。上手くは言えないが、突き刺さるような視線をどこからか感じるのだ。
隣だ――と、僕は思った。隣にあるウチよりも立派な墓の方から、強烈な視線が浴びせられているような感覚がある。そこで僕は今までの経緯を考え、一つの推論を立てた。
まずは父に質問する。納骨の際は誰と誰が立ち会ったかと。すると驚いた事に、納骨は自分一人でやったと言う。但しどうやって墓石を動かせばいいのか分からなかったので、墓石屋さんは呼んだらしい。
次に僕は、その墓石屋さんに連絡をする。そして当日に来てくれた方と連絡を付け、もう一度墓まで来てもらった。そうしてようやく理解した。父は、母の遺骨を隣の墓に入れてしまったのだ。
幸いな事に、墓石屋さんが母の骨壺を覚えていてくれていた。そして母の遺骨は無事に我が家の墓へと収まった。
その晩、再び母の夢を見た。深々と息子の僕に向かって頭を下げる母の夢である。
だがどうやら、父に対する母の怒りはまだ続いているらしい。その後もほとんど毎日のように、「マユミの夢を見る」と電話が掛かって来るのだ。
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