#243 『ラメ』

 また付いてますよと女子社員に言われ、僕は慌てて洗面所に飛び込んだ。

 三十四歳独身。彼女と言う存在は今まで出来た事が一度も無い。だが、とある怪異のせいで僕は、彼女と同棲生活をしているだの、キャバクラ通いしているだのと色々言われているらしかった。そしてその問題となる怪異とは――

「あぁ、また付いてる」と、僕はげんなりとしながら雑巾を水で絞る。そして気になる箇所を拭いて回る、そんな毎日。

 何故か、家の中で至る場所に“ラメ”が付くのだ。そう、女性用化粧品などに混ざっていたりする、キラキラと光る粉状のものだ。

 人に指摘されて気が付いたのが最初だった。特に会社の女性社員はかなり目ざとく、「付いてますよ」と、嬉しそうな笑みで僕の顔を覗き込む。おかげで付いたあだ名が“ラメ男さん”。上司からは「遊び歩いてんだろう」と皮肉られ、同僚女性からは「彼女さん自己主張激しすぎじゃないの?」と嫌味を言われる。僕自身ではそんなものが付くであろう行為どころか、可能性すらも思い付かないのだが、どう言う訳かかなり頻繁にそれが付着しているのだ。

 どうやらラメは。自宅の中から発生しているようだった。それはとても些細なもので、人が触れるであろう場所にひっそりと付いている。例えばドアノブだとか、電子レンジの取っ手だとか、そう言う場所だ。それを僕が触り、付着してしまうらしい。

 だがもちろん、家には女性どころか家族もいない。むしろこの家に上がり込んだ女性など、作業服を着込んだ火災報知器の点検の人ぐらいのものだ。

 果たしてラメはどこからやってくるのか。ある朝の事、食事をしている自分の両手がやけにラメまみれだった事に気付き、その直前に触れたものを片っ端から見て回る。

 水道の蛇口、トースター、冷蔵庫に、やかんの取っ手。だがそれらはどれも微かに付いているに過ぎず、むしろ僕の手からそちらに移動したような様子さえうかがえる。ではどこ――と考えて、気が付いた。朝一番の行動はあれだと、洗面所へと飛び込んで、フェイスタオルを探る。するとそこからはやたらと大量のラメが見付かり、原因はここだと察した。

 だが今度は別の疑問が生まれる。どうしてこのタオルからラメが出て来るのだろうと。

 疑問はその晩、氷解した。深夜、ふとした事で目を覚ます。まだ意識が半覚醒状態の時、右の頬に微かな人の息づかいを感じ、それと同時に頬に何かが触れた。

 飛び起きるがもちろん誰もいない。慌てて洗面所へと向かい、鏡を見る。するとその右頬にはラメの入ったキスマークらしきもの。そこでようやく気が付いた。原因はタオルではなく自分の顔からだった事に。

 原因が分かればある程度の対策はこうじられた。それ以降、女子社員からもラメの付着を指摘される事はほとんど無くなった。

 ラメ入りのキスマークは未だ付いているが、最近は頬ではなく僕の唇の上から見付かるようになって来た。だが僕は、未だ解決の為の対処はしていないのである。

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