#234 『深夜のスナックにて』

 自宅にて設計の仕事をしているのだが、色々と仕事に必要なものを揃えている内に、住居スペースの方が狭くなって来た。そこで引っ越しを考えたのだが、運良くとても理想的な物件を見付ける事が出来た。

 引っ越し屋は手際良く指定された段ボール箱を運び込み、退散して行った。残りの荷解きは僕一人の仕事だ。のんびりやるかと、住居スペースにする予定の和室へと向かい、襖を開ける。

 目の前に、女の子がいた。向かいの壁に背を預け、体育座りをしながら僕を見上げている中学生ぐらいの年齢の女の子だ。

 一瞬で理解した。これは生きた人間ではないと。僕は財布とジャンパーだけを手に、外へと飛び出す。全く解決には向かわない行為だが、とにかく家にいたくなかったのだ。

 夜までファストフード店で過ごし、その後は飲み屋を転々とした。そうして深夜の二時過ぎに、本日三件目となる場末のスナックのドアを開ける。飲みたくもない水割りを呷り、明日からどうしようと悩んでいると、「あなたここ来たの初めてよね」と、店のママから声を掛けられる。

 店に来たのも初めてだが、この街に来たのも初めてだと話すと、「どこ住んでるのよ」と、ママが詮索して来る。

 住居についてはあまり話したくないので上手くその話題をかわし続けていると、「××って言う所じゃないよね」と、まさに図星のマンション名を上げて来た。

「いやぁ、そう言う名前じゃないですね」と嘘を吐くと、「ならいいわ」とママは頷き、「あそこはとんでもない幽霊マンションらしいからね」と言うのだ。

 なんでもそのマンションの一室で家事が起こり、逃げ遅れた女の子がそこで亡くなったのだと言う。それ以降、その部屋に越した人は必ず短期間で出て行ってしまうのだと教えてくれた。

「ちなみに、何号室かは分かります?」と聞けば、その部屋番号もまさに僕が借りたその部屋のものだった。

 日が昇るまで公園のベンチで過ごし、充分に明るくなってからマンションへと戻る。

 和室の壁の前に立つ。ちょうどこの辺りに座っていたなと見当を付け、僕は乱暴に壁紙を剥がしてみた。

 そこから現れたのは、黒く炭化した壁と、あちこちにベタベタと貼られたお札の群れだった。

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