#231 『オオウチさん』

 私はとある障害者施設の作業所にて、仕事のサポート要員として働いている。

 施設へと来られる方の中に、“オオウチさん”と言う五十歳代の男性がいる。全盲で、毎日白い杖を突いて来られる方だ。

 聞いた噂によると、昔、目を自分で刺して潰したのだと言う。

 そのオオウチさん、妙な癖があって、ひっきりなしに自分の髪を掻き上げる仕草をするのだが、実際にはいつも五分刈りの坊主頭で、掻き上げようにも掻き上げる髪が無いのである。

 それでも、いかにも鬱陶しいとばかりに、何度も何度も掻き上げる。その内に、自分の頭を両手で掴んでヒステリックに叫び出すのだ。

「大丈夫、大丈夫だから――」と、ベテランの職員さんはオオウチさんをなだめる。すぐにオオウチさんは大人しくなるのだが、またすぐに髪を掻き上げる仕草をするのである。

 最初の頃は、「何なんだろう」と疑問に思っていたのだが、次第にその理由がなんとなく分かって来た。

「うわあ、あああああ――」と、両手で頭を掴んで叫ぶオオウチさんを見て、彼にだけは“長い髪の毛”が覆い被さって来ている感覚があるのだなと、そう感じたのだ。

 同時に彼が、自分で自分の目を刺した理由もなんとなく理解出来た。おそらくは、見たくないものを“視て”しまうからなのだろう。

「大丈夫、大丈夫だから――」と、ベテラン職員さんがなだめに掛かる。

「誰もいませんからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る