#228 『葉子(ようこ)』
一週間ほど前に一方的に別れ話を切り出して来た藍美から、電話が掛かって来たのだ。
「ねぇ、ちょっと葉子出してくれる?」と、藍美は俺に言う。
「葉子? なんで? 俺んとこいる訳ねぇじゃん」と返せば、「ふざけないで」と、相変わらずな一方的物言いをする。
「いねぇよ」、「出して!」の問答の末、結局藍美は家まで押し掛けて来た。そうして俺の部屋を見回した後で、「本当にいないんだ」と、藍美は肩を落とす。
どうやら、藍美の友人の葉子が半月ほど前から行方不明となっているらしい。それはそうとして、どうして俺を疑うんだと問い詰めると、「だって葉子と一緒にいたじゃない」と、藍美。どうにも会話が擦り合わないので、お互い腹を割って話し合ってみた。するとそこに浮かび上がった事実は、とんでもないものだった。
一週間前、突然、葉子から電話が掛かって来た。内容は、昇太郎(俺の事だ)さんから付き合って欲しいと言われたので、きっぱりと別れて欲しいと言うもの。
それを聞いて腹を立てた藍美は、すぐに俺の所に電話をして来る。そうして俺の記憶にもある押し問答が続いたのだが、その間中、俺の傍からずっと葉子の声が聞こえていたのだと言う。
「それであの別れ話になったの?」と聞けば、藍美は素直に頷く。
正直、俺には心当たりのある部分がまるで無かった。葉子とは、藍美といる時以外に逢った事は無いし、連絡先も知らない。それどころか個人的な会話すらもほとんど無く、俺に好意があったと言う部分すら怪しい。
「それに、あの晩の電話は俺一人しかここにいなかった」と言うと、「でも確かに聞こえた」と藍美は言うのだ。
それから葉子の母親から連絡が来て、葉子が帰って来なくなったと知らされた。そこで藍美は、葉子はあのままここで同居しているのだと察し、「いい加減にしなさい」と、俺に電話をして来たと言う次第らしい。
結局、別れ話自体も振り出しに戻り、俺自身も安堵した直後だった。驚いた事に、その行方不明となった葉子の母親から、俺と藍美宛てに連絡が来たのだ。
内容は、「ちょっと見てもらいたいものがある」と言うもの。俺と藍美は少しだけ不安を感じながらもその家へと向かう。そうして、彼女の家の自室へと案内され、そこで知った事実は予想もしないものだった。
理由は、彼女のパソコンの中にあった。それは非公開のままSNSにアップされた数々の日記。そこには彼女の片思いの心情が、赤裸々に綴られていたのだ。
但しそれは、“俺に”ではなく、“藍美に”であった。
葉子は未だ見付かっていない。
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