#227 『呪具 シュレーディンガーの箱』

 我が母屋の裏手にある倉には、禁忌とされる忌まわしき品がいくつか保管されてある。

 四日に渡りその収集された呪具の一部をご紹介して来たのだが、最後に一つ、一風変った呪具を紹介して終わりにしたいと思う。

 皆さんは“シュレーディンガーの猫”と言うものをご存じだろうか。

 1935年にオーストリアの物理学者が、とある物理学的理論の為に用いた思考実験の事をそう呼ぶのだが、とても乱暴に解説すると、箱の中に入っている猫は、その蓋を開けて確かめるまで生きているか死んでいるかが分からないと言う状況を説明する為のものなのである。

 さて、我が家の倉にもそんな感じの呪具がある。実際は木箱に入った“御神体”らしいのだが、その箱を開けて中を確認した人がいないと言う事から、私が勝手に命名させてもらったのだが、その“シュレーディンガーの箱”である。

 いや、実際は確かめた者がいなかった訳ではない。但し、確かめた者はほぼ間髪入れずに発狂し、そして絶命したと言う。要するにその箱の中に、御神体が存在するか否かと言うレベルで分からない。そんな禁忌の箱なのである。

 だが、箱を持てば確かにその中には“何か”が入っているのは分かる。そして入っているのが分かる以上、何が入っているのだろうと気になるのも当然の欲求である。実際、その中身を確かめた者が現存していない以上、それが御神体だと言い切れる筈も無く、要するに「何か分からないけど、とても危険なものが入っている」と言う段階までしか知られてはいないのだ。

 言い伝えによればどこぞの神社から盗まれて来たものだと聞いたらしいのだが、中身を確かめる術が無い以上、どこのものかも判別出来ないまま人手に渡り、その効力の大きさから呪具として使用されてしまったのだと言う。

「こんな数々の危ないコレクションしたご先祖さんは、この箱の中ば見て、くたばったらしいぞ」と、祖父は言う。

 そりゃあ大往生だなと私が言うと、そりゃそうだなと祖父は笑う。どうやらこの異常なまでの好奇心は、祖先より脈々と受け継がれているらしい。祖父も私も、口にこそ出さないが、その箱の中身を確かめたくて仕方がないのである。

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