#226 『呪具 女中殺し』
先祖が酔狂だったのだろう、我が母屋の裏手にある倉には、禁忌とされる忌まわしき品がいくつか保管されてある。
今回紹介したいのは、数ある呪具の中でも最凶を誇るもので、かつては高名なる僧侶の方からも「それは祓えん」とまで言われたほどの忌まわしき逸品である。
それは普段、桐箱に保管されている。見た目だけは、少々不気味に思える程度の“能面(※種類としては女面である)”なのだが、それ自体が放つ憤怒の気は、同じ場所にいるだけでおぞけが走る程である。
かつてそれは、“側室殺し”と呼ばれる呪具であった。
時代は江戸の最盛期、大奥として呼ばれる城の側室制度が各地にあったとされているのだが、そこに務める“御台所(みだいどころ)”のような、一番上の位の女性のみが使用する事が許された呪具なのだと言う。
簡単に言えば、その側室の一番上の女性が、「あの子は嫌いだから追い出したい」と思う女がいた場合に使用するものらしく、実際にそうだったのだろう、生々しい痕跡がその面には刻まれている。
面を、裏返せばそれが分かる。表はごく普通のつるりとしたものであるのに対し、裏はごつごつと荒く、そして所々で素材が剥げ掛けているのである。
「そりゃ、人のツラの皮だよ」と、祖父は言う。なんでもこの面は、人がその顔に付けたが最後、皮ごと剥がさない限り離れないのだと言う。
要するに、その面を追い出したい女の顔にかぶせる。当然、面はその女の顔の皮ごと剥がれる。そしてその女は、顔の醜さに側室ではいられなくなる。そう言った使い方をされていたのだと言う。
見れば確かにその面の裏は、ビーフジャーキーを連想させるような乾いた“肉片”のようである。例えそれがインチキで作り物だったとしても、なかなかに悪趣味なものだと私は思う。
「伝承通りだとすると、その肉片の一番表側は、御台所だった女のものだ」と祖父は言う。
何でも、城にとても若く美しい女が奥女中として入って来た所、殿がそれをとても気に入り、毎夜のようにそれを呼び付け、とんとん拍子にその位が上がっていったのだそうだ。だが、その出世を面白く無いと思った御台所が寝ているその女の顔に呪具の面をかぶせ、強制的に側室を降ろさせてしまった。
それを知った時の殿様、その御台所を呼び付け、目の前でその面を被れと命じた。
御台所は堂々とその面を被って見せ、そしてそのまま城の上から身を投げて絶命したと言う。
「亡骸から面を剥がしたら、その奥女中、笑ったまま亡くなっていたらしいぞ」
その表情は、面が作る笑顔そのものだったと聞く。
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