#225 『呪具 猨頸堕トシ(さるこうべおとし)』
我が母屋の裏手にある倉には、禁忌とされる忌まわしき品がいくつか保管されてある。
その中の一つに、“猨頸堕トシ”と言う名の付いた薙刀(なぎなた)がある。祖父はその名を面倒臭がり、「さるこべの鉈」と呼ぶので、以降は自分もそう呼ぶ事とする。
これもまたウチの先祖が酔狂で引き取ったと言う呪具の一つらしい。元はどこぞの旗本が所持する物だったらしいのだが、とんでもない業物(わざもの)らしく、色んな大名や武家の間を渡り歩き、様々な戦で活躍した逸品なのだと言う。
近年では、江戸末期頃に山から下りて来た身の丈八尺(約2.4メートル)もの化け物猿の首を撥ねたと言う由来から、“猨頸堕トシ(さるこうべおとし)”と名付けられたのだと聞く。
自分が初めてその薙刀を見た時は、そこから発せられる存在感で震えが止まらなかったと言う記憶がある。化け物猿の首を落としたかどうかは分からないが、間違いなく何人もの血を吸ったであろう物だと言う事は、直感で分かった。
さて、その“さるこべの鉈”であるが、戦の無くなった明治以降は人を呪うための道具として使われた。
用法は少々変っていて、まずは深夜に誰にも見られない場所で、その“さるこべの鉈”を取り出し、呪う相手の名を薙刀の先端で書くようにして宙にその名を切る。次にその書いた名前を恨み込めて九回突く。それを相手が亡くなるまで毎晩続けると言うもの。
「亡くなるまでって言うんなら、それは呪いによるものでは無いんじゃないの?」と笑ったら、祖父は大真面目な顔で、「それやられたら持って三日以内にはくたばる」と言うのだ。
「なら実際にそんな事した奴いるのかよ」と聞けば、祖父は「いる」と言う。
言って祖父が着ているシャツをめくると、その胸から腹に掛けて袈裟斬りのように付いた大きな爪痕があった。
「人を呪わば、呪った者もただでは済まんのよ」と祖父は笑う。
誰ぞ呪い殺したんかと尚も問えば、祖父は首を横に振りながら、「これは熊に付けられた傷だ」と腹を抱えて大笑いを始めた。
“さるこべの鉈”は、時折祖父の手入れを受けながら、今も倉の奥で眠っている。
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