#216 『土着信仰 木守様(こもりさま)』

 柿が生ったら、一つは冬ごもりの鳥の為に。もう一つは腹を空かせた旅人の為に残せと聞いた事はあると思う。だが、僕が越して住んだ地方では、残す実は三つと教えられている。

 木の上には鳥の為。木の下には旅人の為。そして木の中央には“木守様(こもりさま)”の為と言われているのだ。

 実際にそれは、どこの家でもしっかりと守られている習慣だった。特にこの辺りでは家の前に柿の木が植わっている所が多く、冬の少し前になると、木々にいくつかの実を残して収穫しているのを見掛けるのだ。

 ある時、近所に住む悪ガキ数人が柿の実を両手に持ち、駆け足で通り過ぎて行くのを見た。気になった僕は連中が駆けて行ったのと逆方向へと向かって見れば、やはりそこから先の柿の木の実が何も無くなっていた。

「木守様の分まで盗っちまったな」と気付き、僕はその後を追う。

 悪ガキ達にはすぐに追い付いた。またしてもどこぞの家の庭に入り込み、懲りもせずに残った柿の実を盗ろうとしているのを見付けたのだ。

 止めようと向かった僕に声が掛かる。「ほっときなさいよ」と聞こえ、振り合えればそこには笑顔で見守る老婆がいた。

「でもあれ、木守様の分でしょう」と聞けば、老婆は「そんな事で怒る木守様じゃあないだろう」と大笑いするのだ。

 だがやはり許せないと、僕はその老婆の制止を振り切り、悪ガキ共の前に立ち塞がる。そうして連中に小言を言うと、悪ガキ達は悪びれもせず唖然とした表情で、「だって取ってもいいって言ってたもん」と言い返す。

「誰に?」と詰め寄れば、「本人に」と言う。

「本人って誰だよ?」と尚も聞けば、「木守様」と、悪ガキ達は言うのだ。

 意味が分からない。僕が首を傾げると、悪ガキ達は先程まで一緒にいた老婆が立っていた辺りを指さして、「あんちゃん、木守様と一緒になんかしゃべってたじゃん」と言う。

 見ればもう老婆はいなかった。今度は僕が呆然とする番だった。悪ガキ達はそんな僕をほっといて、次の柿の木に向かって走り出していた。

 あれから数十年が経つ。あの頃は引っ越ししたての余所者だった僕だが、今ではもう既にこの辺りでは長老扱いな歳となってしまった。

 あの頃の悪ガキ達は村を離れて移り住んだし、何度かの冬の前の季節に例の老婆を見たり見なかったりをしたような記憶があるが、それももう今では定かではない。

 ただもう、柿の実を残すと言う風習は廃れて無くなった。だが、柿の実は毎年実を付け、村の人々を喜ばせている。

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