#214~215 『隣人の異常行動』
新居探しで、とあるアパートメントを内見した。
木造二階建てで、築二十年と言う古いものだったが、中はとても綺麗でしっかりとしていたし、なにより全ての部屋がフローリング床な上、全室の壁がアイボリーで統一されていたのがとても気に入り、迷わずそこに決めたのだ。
一つだけ疑問だったのが、リビングの壁に飾られた小さな額入りの絵。青い小さな花を描いたものなのだが、他に何一つとして前の住人を思わせるものが無いと言うのに、どうしてここにだけ物があるのだと言う疑問だけが心残りだった。
引っ越しをして二日目の事。真夜中にリビングの方から物音が聞こえた。見に行けば例の絵が床に落ちていた。「どうしてこれが?」と拾って見れば、絵の後ろの板に妙なひっかき傷を見付けた。
なんだろう? 思って今度は壁を見る。――絵が掛かっていた場所に、小さな丸い穴が開いていた。しかもその穴は何度も塞がれ、何度も開けられが繰り返されたのだろうほどに、色んな接着剤やらパテの修正跡が見受けられたのだ。
隣に住んでいるのは、小太りな中年女性だ。先日、引っ越しの挨拶に伺った際に少し話をしただけなのだが、少々、挙動不審だったのを覚えている。
どうしようと考えた挙げ句、その晩は、その壁にカレンダーを貼って終わりにした。だがそのカレンダーも、翌朝には床に落ちていたのだ。
夜、穴をパテで埋めた。そうして安心してテレビを観ていると、いつの間にかまた穴は開いていて、しかもうっすらとその穴の向こう側に人の視線を感じるのだ。私は慌てて、再び穴の中にパテのチューブを差し込み流し込む。同時に叩かれる壁の音。私はようやく、隣人の異常さに気が付いた。
翌日、その件で管理会社に連絡を入れる。すると管理会社の対応もかなりいい加減なもので、「あぁ、その件ですねぇ」と、奥歯にものが挟まったような物言いをする。私はそこで隣人のその行動が恒常的なものであると確信する。
その日から、穴を塞ぐ、穴を開けるのいたちごっこが始まった。
だが隣人の狂気は執拗なもので、板を張ればドリルのようなものでくり抜かれるし、壁の前に物を置けば突かれて倒される。ポスターや壁紙程度だと貼った瞬間に破かれ、私は穴から突き出て来た指先を見て悲鳴を上げるほどだった。
私は何度も隣に苦情を入れに行こうとは思ったのだが、これほどの狂気を見る限りそれは躊躇われる。なにしろ隣人は普通ではないのだ。仕方なく管理会社にしつこく対応を求めるだけなのだが、向こうの対応は相変わらずのらりくらりとしたもので、なかなか状況は進展して行かないのだ。
ある日曜日の朝の事、たまたまゴミ集積所の前で隣人の中年女性と顔を合わせてしまった。
私は会釈で通り過ぎようとしたのだが、その女性は、「あの……」と話し掛けて来た上に、私の部屋まで来て欲しいとまで言い出すのだ。
私は丁寧にそれを断ったのだが、女性は尚も食い下がり、「誤解である事を見て確認して欲しいんです」とまで言うのだ。
そこで私は提案として、管理会社の人と一緒にならばと条件を出す。するとその日の内に管理会社の男性が訊ねて来て、結局、隣の部屋へと乗り込む羽目になってしまったのである。
隣には、女性以外にもう一人、同じぐらいの年齢の男性が住んでいた。紹介はしてもらってはいないが、おそらくは夫婦なのだろう。私は直感でこの男性が覗いているのだろうと疑ったのだが、すぐにその考えが間違っていた事を目の当たりにする。
私の部屋のリビングがある側の壁は、隣ではウォークインクロゼットの内側となっていた。
ドアを開けてもらい、驚いた。なんと隣の壁には穴など開いていないのだ。どう言う事かと焦っていると、隣人の男性は、「ちょっと待っててください」と、釘抜きを持ち出し、そのクローゼットの壁を剥がし始めた。どうやらその壁は後から貼られたものらしく、何本かの釘を引っこ抜くと、以前のままのものなのだろう、元の住人が使っていたであろう壁が現れた。
それはまさに狂気そのものだった。私の部屋のものと同じだろう位置に穴が開き、その穴の周りには公衆トイレの壁に書かれている程度な、吐き気をもよおすような下品で下劣な悪戯書きと、下手くそな女性の裸体のイラストなどが描かれていた。
しかもその開いた穴には何枚も何枚も重ねて貼られたであろうお札(おふだ)があり、それすらも見事に貫かれているのである。
壁は、隣人と管理会社との話し合いにより、一度全て取り払った上で建て直す事となった。以来、壁の怪異は全く起きなくなった。
そして、以前そこに住んだであろう人の話を聞いた。それは若い、ごく普通の男性だったらしく、不動産会社側もそんな変質的な人だとは思ってもいなかったと言う。
私が聞いて怖かったのは、その男性はそこで自殺した訳でもなく、これまた普通に部屋を引き払い、出て言ったと言う所である。
要するに、どちらの部屋も事故物件では無いのである。ただ、とても狂気染みた“想い”だけが、その壁に塗り込められていたと言う事なのだろう。
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