#213 『叔母と妹』
私は物心付いた頃から、母が大嫌いだった。
おそらく嫌悪を通り越して、憎悪に近かったのだと思う。会話をしたくなかったどころでは無く、母の買ったものは使わなかったし、母の作った料理は、頼まれようが泣かれようが食べなかったぐらいであった。
母と衝突した後は、決まって妹に八つ当たりした記憶がある。その度に妹は号泣するのだが、それがきっかけでまた母と衝突するほどであった。
だが、そこまで母を嫌う理由はとても簡単なもので、叔母が私に説いて聞かせる“愚痴”がそうさせたのだと、かなり大きくなってから理解したのだ。
叔母は時々家にやって来ては、私にそっと耳打ちするように母の悪口を言う。その話の中には私の知らない母がいて、とんでもなく最低な人だとすり込まれ続けていたのだと思う。
私は十五で家を出て、一人暮らしをしながら学校へと通った。自炊や家事はとても大変だったが、母がいない暮らしの方が私にとっては平穏そのものであったのだ。
だが、二十五で結婚して子供を持ち、そうしてようやく“母は普通”で、“叔母が異常”であった事に気付いた。思えば母は私に対して暴力的な事もしなかったし、それどころか理不尽な物言いすらもしていなかった事に気付く。
夫にそれを話すと、「それは洗脳ってやつだな」と教えてくれた。そこでようやく私は母と和解しようと、連絡する決心が付いたのだ。
母は私の申し出にとても喜んでくれた。私も久し振りに逢う母を見て、一体この人のどこを嫌っていたのだろうと、むしろ自分自身を恨みに思うほどであった。
そうして長いわだかまりの時間を少しずつ解いている最中、未だ実家暮らしをしている妹が帰って来た。
私は、久し振りに逢う妹を見て驚愕した。それは昔、私に向かって母の悪口を言い続けた“叔母”の姿そのままだったのだ。
そこでようやく気付いた。叔母は、母を名前で呼ばなかった。悪口を言う叔母は決まって、「お姉ちゃん」と、そう呼んでいた。
「お帰り、お姉ちゃん」と、妹はとても嫌悪――いや、憎悪の目で私を見た。
後で知った話だが、母には妹どころか女の兄弟はいなかったそうだ。
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